第三十話 夏祭りに行こう!!

「なぁ、夏休みの夏祭り、一緒に行かないか?」


 お昼休みの学食堂で、柊夜と悠斗は、そう隆二に声を掛けられた。

 終業式にはまだ二週間ほど期間が空いているが、隆二は期末テストも終わったことでもう既に夏休みモードに入って浮かれているようだ。


 トレイにのった日替わり定食を運びながら、三人では少し物足りない六人席に座る。


「いや、隆二はまず夏休みの宿題を終わらせてからじゃないとな」

「そうだね、最終日に一気に終わらせるのは良くないし」

「俺は小学生なのか!? 流石にそれくらい分かってるよ!!」

「中三になっても小学生みたいに宿題を忘れて遊び呆けているから言っているんだが」

「結局僕達に泣きついてくるしね」

「くそぅ、何も言い返せない」


 隆二は、別に地頭が悪いわけでも勉強の仕方や効率が悪いわけでもないのだが、どうしてか自分の楽しみを優先して勉強から離れていってしまう。

 そのせいで柊夜や悠斗は何度も隆二に泣きつかれ、その度に宿題を手伝っている。

 それでも友達を辞めないのはある程度信頼関係が築けているからか。


 どちらにせよ、もう高校生になったのだから、いい加減自分で自分のことを何とかしろ、と思っているのでしっかりと小言を言っておく。

 それには悠斗も同意のようで、どこかお人好しな面を隠せていないながらも困ったような、呆れているような表情をする。


「でもな、隆二のことだから、『夏休みまでに彼女を作ってきゃっきゃうふふな夏休みライフを満喫するぜ!!』とか言い出しそうだったんだが。そんな日は来ないだろうけど」

「確かに。彼女を作って、『えぇ〜彼女いないの〜?』みたいに僕達にひたすらマウントを取りに来るものだと思っていたよ。まぁ、無理だろうけどね」

「お前ら、覚えてろよ。お前らよりも先に彼女作って自慢してやる!!」

「でももう悠斗は彼女いたことあるだろう?」

「うるせぇ、今いないからそんなん無効だ!!」


 隆二は、いつものように彼女作って夏祭り行こう、と言うのではなくどうしてか柊夜と悠斗を誘ってきた。

 その驚愕の事実に、柊夜は「血迷ったか?」とかなり失礼なことを考えたが、普段の言動がもう既にアレなので、仕方ないとも言える。


 悠斗は、別に彼女など今はどうでもいいと思っているので、ただひたすらに苦笑いを浮かべるだけだが。


「じゃあどうして、僕達を誘ったの?」

「だってさ、せっかく三人で同じ高校生になったわけだし、最初くらいは三人で一緒に思い出を作りたいじゃんか」

「……隆二もたまにはいいこと言うね」

「そうだな、偶に、だが」


 隆二の、珍しく素直な本心に、柊夜も悠斗も驚いた。

 まさか、彼女欲しくてどうすれば作れるかリア充に秘訣を訊きにいく程恥も外聞もかなぐり捨てる隆二が、彼女ではなく友達を取るとは思えなかったのだ。


 何せ、隆二がこの学校に入学した一番の目的は彼女を作ることであり、そう二人にも公言しているのだ。

 そんな、男の友情を取るという驚愕の展開は、彼のことを知っている人ならば誰も予想だにしないだろう。


「それで、どうする?」

「僕は別にいいよ。ずっと勉強するのも疲れるしね」

「いやずっと勉強するのは流石はちょっとやばいと思う。少しは緩急を……って、まぁいいか。柊夜はどう?」


 期末テストであまりいい点が取れなかったのはよほど悔しかったのか、まるで勉強ホリックのようなことを言い出した悠斗に、正反対の隆二が思わず心配してしまう。

 ただ、全く勉強しない自分よりはまだマシかと思い、そしてそのことを突っ込まれないように最後まで言うには避けて、今度は柊夜に訪ねる。


「……すまない、俺は、明日香様と一緒に行くから」


 しかし柊夜は、先日明日香に今年の夏祭りは一緒に行こうね、と誘われていた。

 今までは、明日香は夏の期間は特に忙しく前回一緒に行ったのがもう既に八年前になっていたりする。

 中学生の頃は、夏休み期間で遊ぶ時は大体悠斗と隆二と一緒だったので、柊夜は珍しく素直になった隆二には悪いとは思っているが、今回は明日香を優先したかった。


 それに、前回流星群を見上げた時に交わした『約束』のこともある。

 もう一度、明日香と一緒にあの綺麗な夜空を眺めたいというのが偽らざる柊夜の本心だった。


 そんな純粋な柊夜の想いをどう受け取ったのかは定かではないが、隆二はニヤけた笑みを浮かべており、明らかに良からぬことを考えている。

 悠斗も、隆二の反応にいつものように苦笑いで見るでもなく、同じようにからかいを含んだ意地の悪い、それでも王子様の如き笑みを浮かべている。


「柊夜、俺達じゃなくて、羽柴さんをとるんだぁ? へぇ、今までそんなことなかったのに」

「柊夜にしては、ちょっと珍しいね。柊夜のことだから、僕達と夏祭りに行きながら羽柴さんがちゃんと楽しめてるか見守ろうとしていると思ってたのに」

「そんな後方腕組み彼氏面みたいなことはしない。そもそも、二人には悪いけど俺の中の優先順位は明日香様が絶対だからな」


 いくら柊夜が明日香の使用人であり、護衛のような立場であるとはいえ、アイドルのライブ会場に一定数いる気持ち悪いおじさんのような真似はしない。

 それに、明日香は気がついていないが明日香が外出する時は大体柊夜以外の護衛が隠れて見守っていたりする。

 なので、柊夜が今更そこに加わる必要はない。


 それ以前の話として、柊夜の中の優先順位はダントツで明日香が一位で、彼女となにか約束をしていたなら何を切り捨ててでも必ず遵守しようと思っている。

 隆二の発言は、的外れと言っても過言ではない。


「柊夜は、相変わらずだね」


 そのことに思い至ったのか、柊夜の相変わらずの明日香至上主義に悠斗はクスッと笑う。

 そのイケメンフェイスから放たれた、眩い光でも差していそうな笑みを見て、近くの席に座っていた女子生徒が頬を赤らめる。

 柊夜は苦笑するが、隆二は『イケメンはずるい!!』などと考えているところに、性格の差が現れていた。


「はぁ、俺も羽柴さんみたいな美少女と夏祭り行きたいッ」


 裏切り者、と叫びだしそうなほどにキッと柊夜を睨む隆二は、切実な願いを漏らした。

 だが柊夜は、二人のようにそこまで楽しい気持ちで待ち望んでいるわけではなかった。


 今柊夜の胸中を大きく占めているのは、先日帰国した師匠からもたらされたとある情報のことだった。







 今から三日前、柊夜の師匠である神衣俊司は、楓がいない時間を狙って柊夜の自宅に訪れていた。


「それで師匠、本当にリベルタスが夏祭りを狙っていると」

「間違いないよ、向こうはこちらに意図的にその情報を流しているからね」


 いやぁ困った困ったと言っているものの、全くそんなことを思っていないだろうと感じてしまう、軽薄でノリの軽い雰囲気。

 しかし、その容姿は極めて整っており、紅い瞳で見つめられたら女であれば紅潮せずにはいられないだろう。


 勿論、柊夜は男色の気など全く無いので、ジロジロと見られても白けた表情にしかならないが。


「ですが師匠、その日は明日香様と夏祭りに行く予定があるのですが、大丈夫なのでしょうか?」

「あぁ、デートに行くのか。柊夜も、高校生らしいことをするじゃん」

「耳腐ってんですか? デートなわけがないでしょう。俺はあくまで付属品、そこを履き違えないでほしいですね」


 いつもの俊司の軽口に、柊夜は『何いってんだこいつ』と視線を鋭くする。

 常人なら縮み上がりそうな視線だったが、数多くの修羅場をくぐり抜けてきた俊司に効くはずもなく、逆にニヤニヤとした笑みを深めさせている。


「まぁ、柊夜はデートのことを心配する必要はないよ。リベルタスは魔物をおびき寄せるのは十中八九昼間になるから、約束している夜間には影響は出ないよ」

「ですが、もし魔物の侵攻があったら、夏祭りを中止すると思うのですが。もし民間人に被害が出たりしたら、気を取り直してもう一回、みたいなことにはならないかと」


 柊夜の言う通り、普通は魔物による被害が出たらその催しは中止することになる。

 参加者に被害者が出てまで続けるなど、狂気の沙汰以外の何者でもない。


「いや、その心配はいらないよ。魔物が侵攻するといっても、魔物が巣食う都市防壁外から夏祭りの会場まで二十キロ近くはあるからね。魔物が到達する前に一掃すれば何の問題もないよ。僕がいるからね」


 魔物を一掃できることを疑ってもいない物言いは、知らぬ人から見れば傲慢に感じてしまうのかもしれないが、俊司にはそれを裏付けるだけの実力がある。

 当然そのことは柊夜も身をもって知っており、口を挟むことはないが少しは謙虚さを覚えたらどうなのかと毎度毎度思っている。


 俊司は、実際世界最強の魔法師だが、傲慢で自分が優れていると疑いもしない言動により国魔連の上位層からは不興を買っていたりする。

 いや、俊司も十分上位層なのだが、他の人達からはかなり毛嫌いされている。

 本人は気にもとめないが。


「それにしても意外でした。他人に従うことを極端に嫌う師匠が、よりによってリベルタスの思惑通りに事を運ぼうとするとは」

「いや、別に僕は他人に指図されるのが嫌いなわけじゃないよ? 指図する奴が無能だから嫌がっているだけで。それに、今回のリベルタスの行動は認めるのは癪だけど合理的だし、ならば僕達は民間人に被害が出ないようにしないとね」


 そう言って笑う俊司を、柊夜は少し眩しく思った。

 確かに、悠斗に劣らないイケメンフェイスはいつも眩しいが、それ以上に柊夜は、俊司の誰彼構わず救おうとする信念が輝いて見えた。


 柊夜は、自分の要領が悪いことを自覚している。

 自分に救うことができるのは、自分の大切な人だけだと割り切っているので、俊司のように誰であろうと助け出そうとは到底思えない。


 それと同時に、世界最強の名を背負うものとしての責務なのだろうと、柊夜は思った。







「そういうことだから、俺は先約がある。二人で行きたいならそうしてくれ」

「いや、何が悲しくてこんなイケメンなんかと一緒に行かなきゃならないんだよ。俺のフツメンが際立つだろ!!」

「……何かごめんね」

「謝るなよ!? 俺が悪いみたいじゃん!?」


 柊夜は少し重たく考えていたが、二人の気の抜けるようなやり取りを見ていると、どうしてか張り詰めた心がほぐれていくような気がする。

 だから、柊夜は二人といつまでも友達であろうと思えるのだろう。


 そんな風に考えていると。


「柊夜くん、席空いていますか?」


 噂をすれば影が差す、ということなのだろうか、三人の話題に上がっていた明日香が、美波と結珠葉と共にトレイを持ってやってきた。

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