第4話 断るほうにも、理由があるんです
ああ、神様。私は、今まで常に正しく、清らかに生きてきました。…敬愛する主君の悪口を口に出したことはございません(心の中で唱えたこともありますが)。
良くも悪くもない、いたって平凡な(一応貴族の端くれですが)家に生まれ、幼き殿下にお会いし、忠誠を捧げ、ここまで生きてきました。
なのに、この状況はどういうことでしょう。
阿呆上司に押し付けられた恋の雑用をするため、はるばる首都からこんな辺境までやってきたというのに。道は険しく思うように進まず、日が暮れ・・・ついには気絶して寝過ごした挙句、頂いたスープを空腹に負けて食してしまいました。
そしたらなんでか身体が重たく、しびれてくるようで…これは罰でしょうか?
「私…本当は」
とか言って、潤んだ瞳で見つめられてなぜかベッドに押し倒され…いやいや、まだ手は出してません!!!断じて、心揺れたりしてません!!
なんかこの令嬢、怖いしッ!
顔が近づき、このままでは…という最大のピンチに、けたたましくドアをたたく音が聞こえたのです。そして、何かの破壊音と共に、聞こえてきたのが。
「たのもー!!」
「?!デイル様…?」
「…ッ、どうしてっ」
「デイル様――――僕です!!ルフェスはここにいますぅうう!!!!」
「ルフェス!!!」
ああ!この時ほど、デイル殿下が神の遣いに見えたことはありません。これで助かった、と思ったのですが。
「‥‥これは、どういう ことだ」
「え?あれ?」
「デイル様、なぜここに?私、お手紙でお伝えしたのが本当の気持ちですのに」
あ、そうだ。
私は、デイル様の想い人に押し倒れされているんだっけ。あれ、これまずいのでは。
「で、デイル様?!これは誤解です!!心より嘘は申し上げておりませんから!!!」
「ルフェス‥、何ということだ、お前」
「ちが 違います!!この令嬢がくれたスープを飲んだらなんか身体が」
「手料理の…スープ、だと」
ああーーしまった、事実なのに、事実なのにぃい!!
空気読む力ぴか一☆と補佐官様からも信頼されているのにっ!嘘も言えず、本当を言っても墓穴を掘るし、これはどうしよう?!
今までの人生の中で一番考えた。正解を…しかし、答えは出てこない。
万事休す。ああ、もうお役御免かな…と覚悟を決めたその時。ひやりと首元に、何か冷たい物が当たった。
「…動くな」
「え?」
耳元で聞こえた声。これは…グリム令嬢?
っていうか、これは斧。あ、さっき家の立て付けが悪いからとか言って見せてくれた斧か。え?斧?
「お、斧おお!?!」
「?!グリム令嬢、なぜだ!」
なぜか、自分は、グリム令嬢に後ろから羽交い絞めにされ、首筋に斧を当てられている。
「え?!なぜ???…っう」
「動いちゃダメ、ルフェス様。今、私がこの阿呆からお救いしてあげます!」
阿呆は同意するが、お救い、とは?おろおろとグリム令嬢を目で見ると、彼女は言った。
「だって、いつも振り回されているじゃない」
「あ…それは、ハイ。ええと…」
間違ってません。でも、でもですね?!
「…くっ早まった真似はやめるんだ!まずは話し合おう!」
「話し合ったところで、あなたは聞く耳持たないもの!」
「まだ、少しも対話などしていない…それなのにこれはあまりにも早急過ぎる…」
「対話、は、キャッチボールが成立してこそ成り立つもの…私、何度もお断りの返事もしましたし、頂いた贈り物もお返ししましたわ!」
「だから、それは!君が清貧を重んじる家系だからだろう?理解しているつもりだからこそ、手紙に切り替えた!!」
「せ・い・ひ・んん――?!貧乏だって、はっきり言われた方がマシだわ!!」
「あ、それは…すまん」
あ、そこは謝るんですね、殿下。
というか、この状況はなんだ?なぜ私は人質にとられていて、この二人は痴話げんかみたいな舌合戦を繰り広げているんだ??
「理解なんて微塵もしてないじゃない!!あんっな甘ったるい言葉を並べたチャラチャラした手紙‥嬉しくもなんともない!!」
え?!すみません、内容を考えたのはこの私です!!…そうか、チャラチャラ、面と向かって言われると少し辛いような。あ、殿下がこっちを憐れみの表情で見てる。
いや、やめて。なんか傷つくから…
「そ、それはすまなかった。だがしかし!ならばこれから対話を始めようじゃないか!!私は君が好きだ!!一目見た時からこの世の全てがどうでもよくなるほど、君しか見えていない!!!」
この時、頭の中でぶちん、と何かが切れる音がした。
「どうでもよくなったらだめでしょーーが!この阿保殿下!!」
「え?!」
「あら…」
あ、しまった。遂に内に秘めていた心の本音が。
「そぉいう!!猪突猛進なところは長所であり、最大の欠点なんですよ!!あんた一応国を背負う人間なんだから、少しは相手の立場を考えてください!!!」
「…え。あ、あの、ルフェス」
「まあ…やっぱりルフェス様、素敵」
「あんたもあんただ!!グリム令嬢!!中途半端に断るからこの阿呆がいつまでたっても理解できず、苦しんでいるんだ!いやならいヤダと面と向かってはっきり言わないと伝わらないでしょうに!!」
「え、で。でも!私だって一応お断りは」
「一応じゃダメ!!!はっきり!!一言一句はっきりと!!ほら、ハイ!」
ぎろりと目でにらみつけると、グリム令嬢の頬が一瞬赤く染まった。
「はッ!あ、え ええと、ごめんなさい!!私の推しは貴方じゃなくて従者の彼なんです!!!」
「だからそういう…え?いま なんて」
「私が!好きなのは…あなたですルフェス様!!!」
「…はい?」
「なんだと…?!」
いや、本当。
こんな刃物を首に押し付けられた状態でそんなこと言われても。急激にさぁーっと、何かがひいていく感じがした。
「私!昔からこの世界が大好きでぇ…従者Aのビジュも好きだけど、髪の色とか、眼の色とか超好みなの♡」
「う…っ」
ググっと力が入ったせいか首筋から血が出てきた。
え?これは何の罰ゲームなのだろう。私、死ぬんでしょうか。やはり、主君を阿保とか言ったから。
「ルフェス、君が望むのなら、私は身を引くまでだ…」
「いや、望んでませんから。むしろ助けてください、このままじゃ確実に殺されますっ」
「そ、そうなのか?!」
そう、おしゃべり?に夢中になりすぎて、グリム令嬢の斧はどんどん首に食い込んでいく。いや、死ぬ。助けて!でも身体が動かない…こうなったら。
「で!殿下!!いいですか?!殿下の愛情はこの世界よりも、宇宙規模で深く重い物…それをすべて受け取る準備がまだ彼女はできていないだけ。いずれ気が付くはずです!!真に愛するのは誰か!と…」
「…!!そうなのか、今はっきりとわかった!!」
「はい!どうぞ!」
「私が本当に必要としているのは、君だ、ルフェス!」
「はい?!」
どーしてそうなる?!
かと思ったが、…事態は思わぬ方向に進んだ。
「レイリア・グリム!!」
「何よ、まだ何か…きゃっ」
「ぐはっ」
なんと、デイル殿下は、斧を当てた私ごと、グリム令嬢を抱きしめたのだ。
驚いた拍子だか、なんだか…ごとり、と斧が落ちた。
ああ、助かった…ケド。私まで抱きしめてどうする気ですか、殿下。
「いいかい?レイリア。私は君を世界で一番幸せにできるだろう!!君が私の元に来れば、毎日ルフェスに会い放題、観賞し放題だ!」
「会い放題・・・鑑賞、し放題?!」
「ちょっと何言ってんですか!!殿下っ」
「ルフェスは私の忠臣、そして友である。推しが彼ならば、私はその次で構わないさ」
「本当・・・?!」
まさか、私は、殿下の目的のために売られているんでしょうか…?!
懐深い殿下とグリム令嬢の豊満な胸に挟まれ、とっても苦しい。なんか押して付けてくるし?!ああ、女性不信になりそうだ…
「ま、まあ?王子殿下ってちょっと前向きすぎてうざいけど…こ、こういう強引なのは、悪くないわっ」
「後ろ向きよりよほどいいだろう?」と、殿下がグリム令嬢の顎をクイ、と上げる。あ、痛い。殿下の手が頭に当たる。でも、邪魔してはいけないので、声を殺して黙っていないと。
「あ…もぅ」
「ほら、そっぽを向かないで、私だけ見て…」
「はい…デイル様」
せ、正攻法ですか、殿下。なんて、ちょろ・・・いや、さすがです。
すると、殿下はちらりと私を見て、軽くウィンクをした。そして、そっと腕の中から追い出してくれた…!
そのままそーっとそーーーっと部屋を出て、静かに扉を閉める。
さて、その後、どうなったのかというと。
日が昇り、私が馬小屋で一晩過ごした後、グリム令嬢は私と殿下に朝食を振る舞ってくれた。…今度は、何も入っておらず、美味しく食べることができた。
そして二人は、終始見つめ合い、手をつなぎ合い、公然と私の目の前でイチャイチャしていた。いや、別にいいんですけどね。はい。
「収まるところに収まった、ということか…」
最初からこうすればよかったのでは、殿下?そんな思いで見つめていると、殿下がこっそり謝ってくれた。
「すまない、君を餌にしてしまった」
「…え、いいえ」
「推し、とは。どうもその対象に何かを求めるのではなく、幸せを願う存在らしい…と、ある者が言っていた」
「はあ…」
「そして、それには励まされたり、応援されたり、見ているだけで
そう言えば、令嬢もオシがどうのこうの言っていた。
「推し…そんな情報をどこで?」
「若い官僚が言っていた」
ようは、あの後、すぐに若き官僚をとっ捕まえて、『推し』の定義を聞いたということである。
「ならば、現実的に私の魅力を全身全霊で伝えれば、真心が届くということだな…!」
あ、そうだった。この方、生まれながらにしてカリスマと美貌を持ち合わせている生きた絵画。つまりご自分の魅力を一番に理解しているのはご自身、というわけか。それを前向きに理解しているからこそ、フルに活用して面と向かって口説けば落ちる、となるわけだ。
「君がきっかけだ、ありがとう。ルフェス」
「へ?!」
「ルフェス様!デイル様!王宮が見えてまいりましたわ!」
「ああ、まずは…デートから始めよう、レイリア。」
「はい!勿論、ルフェス様も一緒ですよね」
「…あ、はあ」
まあいいか。
何か不思議な力が働いているとしか思えないけど、二人はうまくいったらしい。めでたし、めでたし。
推しは貴方じゃないんです、ごめんなさい いづか あい @isk-ay
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