第3話 私は王子なはずなのに、部下が現実を見ろ、という。
さて、時間は従者ルフェスが昏倒している数時間前までさかのぼる。
目の前に山積みされている書類を検分し、処理していたデイル王子の元に、年配の補佐官の一人が、恐る恐る顔を出した。
「殿下」
「どうした?」
「お手紙が届いております」
「ああ、私の部屋にまとめて置いておいてはくれまいか?後で確認しよう」
「…ええと、その」
いつもははきはき喋るのが有名なこの補佐官が、今日は珍しく歯切れが悪い。眉を軽くひそめ、ゲイルは尋ねた。
「何かあったのか?」
「…本当ならば、こういう仕事はルフェス殿にお任せするのですが」
「??」
「あの…これを」
そう言って、恐る恐る出したのは、一通の手紙だった。
「手紙か?」
「…その、差出人はレイリア・グリム令嬢でございます」
「!!!!」
ガタン!と執務机を倒しそうな勢いでデイルは立ち上がった。…それこそ、全ての幸福を一身に今背負っているかのような晴れ晴れとした笑顔で。
それを見て、年配の補佐官はこっそりため息をつく。
(ああ…きっと殿下は心より喜んでいるのでしょうが。はあ…)
彼も彼なりに、デイル王子とグリム令嬢の話は把握しているつもりだった。勿論、相手が没落貴族である以上もろ手を挙げて祝福、というわけにもいかないのだが、あまり二人の恋の行く先は芳しくないのは承知している。
「それならそうと言ってくれないと!前回の返信から一年以上たっているし…一年以上も返信で悩むなんて、意地悪な女性だな、はは!」
その言葉を聞いた補佐官は眩暈がしそうになった。…頭がおかしいのか?など、思っても言葉にしてはいけない。長年宮廷に努めていた補佐官ならではの教訓だ。
案の上、ほくほくした笑顔で手紙を受け取ると、デイルはゆっくりと封を開ける。
さて、なぜこの年配の補佐官がデイルにその手紙を渡すのをためらっているのか…理由は二つある。
一つ目は、もしそれが良い手紙だった場合。恐らくこの怖いものなしの王子は、即明日にでも結婚式を挙げよう!そうしよう!!とか言い出しかねず、それをいさめるには一苦労なのを承知している。
二つ目は、もしそれが良くない手紙だった場合…この前向きな鋼鉄メンタルの王子殿下には、きっと通用しない。…ここだけの話、彼が没落令嬢に傾倒しすぎていることを多くの人間が懸念している。そろそろそれが良くない方向に噂が泳ぎだし、国家転覆だ、などと意気込む連中が国中のいたるところに潜んでいるのである。
どちらにせよ、長年彼と付き合いのある従者ルフェスならば、どちらに転んでもうまくいさめるもしくはフォローできるであろうと予想されるのだ。
つまり、国の未来は従者ルフェスの空気を読む能力にかかっていると言っても過言ではない。この天下無敵のデイル王子の手綱を握っている(こと、イロコイに関して)のは…紛れもなく、ルフェスその人。である。
(ああ…審判の時…!!本当はなかったことにしたいところなのに)
そう、見なかったことにしてその手紙を棄てることなど、長年王家に仕えていた忠臣んはとてもできない。死んだほうがマシ、レベルな生真面目さを持つのが、彼の欠点と言えよう。
そんな年配の補佐官の心労など微塵も気づかず、一通り目を通した後、ゲイル王子はゆっくりと顔を上げた。
(?!この表情は??)
ググっと、前かがみになるが、デイルはやがてゆっくりと首を傾げた。
「…一つ、聞いてもいいだろうか?」
「は、はい…何でございましょうか」
「この手紙には、『推しは貴方ではないのです、ごめんなさい』と書かれているのだが、どういう意味だ?」
「…は?」
『オシ』とは。
年配補佐官は考えた。
(オシ…内容からすると、ごめんなさいの文字があるあたり、恐らく否定的なことだろう。しかし、あなたではない、ということは彼女は、誰か別の人をさしている可能性もある。恋文ではないのは確かだが…どちらにせよ)
考えに考えた末、ポン、と手をたたいた。
「つまり、あなたとはお付き合いできません、のお断りの文章ではないですか?」
「…私は、どこかに行こうと誘ったわけではないのだが」
「ええ、この場合、お付き合いという文字は入っておりませんが、ごめんなさい、は何かに対し、できないと否定的な言葉になります」
「ふむふむ」
「それが、オシとやらになるわけですが…ふむ。きみ」
そう言って、たまたま書類を取りに来ただけ、の和解新入官僚が呼び止められた。
「へ?!じ、自分ですか…なんでしょう」
「オシ、とは何だろうかのう?」
「おし?」
そう言って手紙を見せられ、彼は悪びれもなく笑顔で応えた。
「ああ!!おし、とは、推している、つまり推薦しているという意味ですね!…まあこの場合、今流行りの言葉を組み合わせて…あなたのことは別に好きじゃないんで、推薦できません!の意味になりますね」
「あ…!!」
「な に?」
「え?」
僕、何かまずいこと言っちゃいました?みたいな表情で、恐る恐る二人の顔を見比べる。…そして、事態は実は深刻なことに気が付く。
王子殿下はフリーズ、年配補佐官は両手で顔を覆っている。
「あ、えと あの、こ、これで、しつれい、しまっす!!」
2人が固まっている間に、そそくさと逃げ出し、彼は運よく難を逃れた。そして…
「…これから、グリム家に行ってくる」
「?!いい今からですか?!」
「ああ!!…そう、彼女に直接会わず、手紙を暢気に待っていた己が許せない…!!きっと私は彼女をずっと不安にさせていたんだな。だからこんな…!!」
「え?!ど、どうしてそうなるんですか?!」
「ああ!!案ずるな…私が落とした彼女の信頼は、この手で必ず取り戻す…この命に代えても!!!」
「い、命に代えられたら国が困ります!!みんな困ります!!!もっと現実を見てください殿下ぁああ!!!!!」
「大丈夫!もう書類検分はほとんど終わってる…ではな!!」
「殿下の処理スピードは尋常じゃありませんっ!!!それなのにこれは…あぁ…」
補佐官がよろよろとゲイルを止めようとするも、その二倍のスピードで彼は外着に着替え、ビロードでできた外套をばさぁっと羽織った。
「馬を出せ!!!この国で一番早い馬を!!!!!」
「は!!」
そして、後には大量に残った未検分の書類の山と、魂の抜けた補佐官だけが残ったのである。
やがて…現在。
壊れた馬車を横目に、ぬかるんだ道は華麗な馬術で突破し、腹痛で苦しんでいる運転士には薬草を私、彼は現場に到着した。
「ここが…令嬢の住むおうち、か…思った通り、なんと質素で倹約されつくした慎ましいおうちなのだろう!!」
そう言って、さながら魔王城に到着した勇者のごとく、デイルは傾きかけたグリム家の家を見た。そして、華麗な動作で壊れかけた扉をどんどんと叩いだのである。
「ごめんくださーい!夜分遅く失礼する!!!…あ」
しかし…武術で鍛え上げた腕力に敵うはずもなく。きしんだ扉など、なすすべもなく断末魔の悲鳴をあげて砕け散ってしまった。
「は!これは…そうか、扉は私が来てくれるのを待って、役目を終えたのだな…」
そっと砕けた木片を拾い上げて脇によけ、ずかずかと入り込む。
「たのもーー!!」
バァン!と開け放たれた扉の先に待っていたのは…
馬乗りになったレイリアと、ベッドに押し倒された敬虔な従者ルフェスの姿だったのである…。
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