商人たちにゾーフィアと名を告げた瞬間、戦争のない世界を実現しようとしていた二人の道がわかれてしまったのですね。
家族の様に思っていた冒険者たちを、苦しませずに死なせたハレヤさんはどれだけ辛かっただろう。
ハレヤの名を傷つけたくない思いでゾーフィアと名乗り、勇者として、再び辛い道を歩むのですね。
作者からの返信
こうしてゾーフィアという救世主が形作られました。
救世主としての彼女を作り上げものは、この世界の宿業そのものといえるゾーフィアによって生み出された無数の犠牲者たちの命です。
つまり、勇者ゾーフィアとは、彼女がこれまで奪ってしまった全ての命、そのものの事です。
仲間を手にかけなきゃいけないのがあまりにも辛すぎる。
でも、ここで何もできず泣いているだけの少女だったほうが良かったんでしょうか・・・。考えても答えが見つからないですね・・・。
作者からの返信
ここでゾーニャが選べた選択肢は。
・仲間が無差別に人殺しをするのを放置して、ほかの誰かに殺されるのを待つ。
・せめて誰かを手にかける前に、仲間だった自分の手で、終わりを迎えさせる。
かつて大量殺人者だった彼女がそうであったように、悲しいくらいに的確に、彼女とっての、正解、を選んでしまいました。
こういう選択を土壇場で間違うこと無くできてしまうがゆえ、救世主となれたわけですが、その選択する力は殺人者だった時代に培われたものなのです。
1つの種族だけになったところで、その種族内で戦争が起きるような気もする。でも、理想に取りつかれた人間は視野狭窄になるということですかね。悲しい決意をしたゾーフィアが切ない。
作者からの返信
地球という惑星を知ってる我々からすれば、その通りなんですね。
もし仮に人間という種属だけになっても、争い自体が根絶することはきっとない。
でも、数多の種属が戦乱を繰り返す世界に生きる彼からすると、種属が一つだけになれば、争いがとてもとても減ると考えたわけですね。