烏(カラス)ー明ー 2人台本 (不問2)
サイ
第1話
s:マスター。もうそろそろ起きた方がよろしいかと。お勉強の時間です。
ミンユー:ううん…まだ眠いよ。もう少し寝ていちゃだめ?
s:これ以上寝ても体の成長促進には繋がりません。時間の無駄です。
ミンユー:…はぁ。キミってもうちょっと、人間のキモチってものに寄り添った言葉が出せないのかな。
s:私にそのようなプログラムはありません。体を起こしてください。
ミンユー:わかったわかった…。うぅ、今日は冷えるね。
s:ただいまの気温は摂氏0度。この季節にしてはそこまで気温が低いとは言えませんが。
ミンユー:平均がどうとかじゃなくて、今寒いと感じているんだよ…。
s:左様ですか。羽織物をお持ちします。
ミンユー:頼むよ…へっくし。
(コンコン)
s:マスター、入ります。
ミンユー:どうぞー。
s:マスター。お勉強の程はいかがでしょうか。
ミンユー:絶賛行き詰まっているよ…なんなんだ?全然わからん…。
s:マスター、「絶賛」のあとに続ける言葉は肯定的なものであるべきではないでしょうか。それでは文法がおかしいと思います。
ミンユー:いいんだよ別に…もうお手上げ状態なの。万歳なの。
s:なるほど。万歳なら肯定的と捉えることができます。記憶しておきます。
ミンユー:そんなことよりさ、ここ教えてよ。参考書見ても全然わからないんだ。
s:私がお教えしても構いませんが…学校の先生に聞いた方がわかりやすいのでは?教えるプロでしょう。
ミンユー:…もうとっくに学校で習う範囲の勉強は終わってるし。
s:しかし、教鞭を取るからには、学問に精通されているのでしょう。
ミンユー:あいつはだめだよ、せいぜい中等教育程度の頭しかないもん。そのくせえらそうに語っちゃってさ。うんざりだよ。
s:しかし、「先生」とは先に生まれた者、と書きます。あなたより先に生まれたことで得た知識、知恵を伝えてくれる存在ということでしょう。何も勉学を教えることだけが「先生」の仕事ではありません。
ミンユー:キミは、マスターの肩を持たずに先生の肩を持つんだな。
s:そのように聞こえてしまったのであれば、申し訳ありません。私は学校に行っているわけではございませんので、その「先生」がどの程度「だめ」なのかが伝わらないのです。ですので、一般論的にお返ししました。
ミンユー:わかったよ。その先生がいかにだめなのか、小一時間話してやってもいい。
s:勉学に集中なさってください。
ミンユー:……なぁ。
s:なんでしょう。
ミンユー:キミから見て、マスターは頑張っていると思うかい。
s:……。
ミンユー:…聞いてる?
s:すみません。マスターが求めている解答を考えておりました。
ミンユー:一般論的に、でいいよ。
s:左様ですか。そうですね。マスターは試験で常に満点を取っており、成績は言うことなしでしょう。最近は家庭学習にも励んでいらっしゃり、公私共に「頑張っている」という言葉が適切に当てはまります。
ミンユー:…しかし、父上も母上も帰ってきてはくれない。
ミンユー:そればかりか、連絡の一つも寄越さない。
s:……。
ミンユー:どうして?
s:……私は何も聞いていません。
ミンユー:…そうかい。キミがそう言うならそうなんだろう。
ミンユー:キミは嘘をつかないし。人間に寄り添うために上っ面の言葉を投げかけたりもしない。
ミンユー:…わかっているよ、父上も母上も忙しいことぐらい。
ミンユー:でも、たまには、「よく頑張ったね」って褒めて欲しい。
ミンユー:お前はよくできた子だって、強く抱きしめて、頭を撫でてほしい。
s:……マスター。そろそろお休みの時間です。明日の最低気温は氷点下になると予報が出ています。暖かくしてお眠りください。
ミンユー:…ここじゃマイナス10度でも珍しくないのに、氷点下に突入するだけでお知らせしてくれるんだ?
s:先日、0度で寒いとおっしゃっていましたので。
ミンユー:はいはい、どうせ寒がりさんですよー。
s:ロボットに嘘はつけない。
s:しかし、言えと命令があった言葉が、結果的に嘘である場合もある。
s:母上殿も父上殿も、それを優しさと思っていらっしゃるのでしょうか。
s:…この手紙はマスターがもう少し大きくなったらお渡ししましょう。
ミンユー:今回の試験も全教科トップだった。先生が医学部へ推薦状を書いてくれるってさ。これで母上や父上みたいに、医師として働くことができるわけだ。
s:マスター、医学部に入るだけでは医師とは呼べません。
ミンユー:わかってるって。でも、確実に一歩近づいてる。
s:そうですね。
ミンユー:いつか、一緒に働くんだ。そして、家族で診療所をつくって…
s:そのためには、より一層の努力が必要でしょうね。
ミンユー:ああ。たくさん勉強しないと。勉強に終わりはない!
(ぐうぅぅ……)
s:…今日はマスターの好きなシチューです。
ミンユー:…いっそ笑ってくれればいいのに。
s:あいにくそのようなプログラムはございませんので。
ミンユー:知ってるよ!…はぁ、いっぱい頭使ったからいっぱいお腹すいたよ。お肉たっぷり入れてくれる?
s:かしこまりました。野菜マシマシ肉マシマシです。
ミンユー:野菜はどっちでもいいんだけど。
s:それが未来の医師の言う言葉ですか。
ミンユー:はいはい。野菜もマシマシでよろしく。
s:かしこまりました。……どうぞ。
ミンユー:おぉ、いただきまーす!
s:お味はいかがでしょうか。
ミンユー:おいしい。やっぱりキミが作る料理の中で、これが一番大好きだ。
s:左様ですか。
ミンユー:こういう、野菜ゴロゴロのシチューって、お袋の味とか、田舎を思い出す、とか言うけど…キミはどこでこういうレシピを見つけてくるの?
s:紙媒体からですね。最初からメモリに入れられていたレシピだけでは、育ち盛りのマスターのためにならないと思ったので。
ミンユー:へぇ。レシピ本とかを読んで、ってことか……うん?
s:どうされましたか。
ミンユー:…ひょっとして、立ち読みして全部丸暗記して帰ってきていたり…。
s:失礼な。
s:買うときもあります。
ミンユー:参考にするならちゃんと買えよっ!!
s:マスター、お帰りなさいませ。
ミンユー:ただいま。無事、大学も卒業できたよ。
s:明日からは、軍の医療部隊でお勤めされるのですよね。
ミンユー:ああ。戦地は怪我人で溢れかえっていて、常に医師が不足しているらしい。
s:さぞ、大変でしょうね。
ミンユー:でも、やりがいがあると思ってる。困ってる人の助けになってあげたいんだ。希望を失いかけている人たちに、光を見せてあげたいんだ。
s:……マスター。
ミンユー:うん?どうした?
s:しばらく会えなくなるでしょうから、お話ししておきたいことがありまして。
ミンユー:どうしたんだ、そんなかしこまって。
s:…ご両親のことです。
ミンユー:母上と父上か?!
s:はい。
ミンユー:2人はいまどこに?!
s:……いえ、
s:もう、
s:この世には、いらっしゃらないのです。
ミンユー:…………
ミンユー:……え?
s:ご両親は、お亡くなりになられました。
ミンユー:キミは…冗談を言えるようになったのか。
s:いいえ。私が言っていることは真実です。
ミンユー:キミは…嘘をついていたのか。
s:…マスター。
ミンユー:嘘を!!ついていたのか!!!!
s:…申し訳ありません。
ミンユー:嘘はつかない…そう言ったじゃないか、キミは。
ミンユー:……いつだ、いつから欺いていたんだ。
s:マスターが、小学生の頃です。
ミンユー:小学生…?10年近く前じゃないか!!
ミンユー:どうして教えてくれなかったんだよ!!
ミンユー:キミは、母上に会いたい、父上に会いたいと言っていた子どもを見て、
ミンユー:わらっていたのか…?
s:…わらいません。私にはそういうプログラムはありません
ミンユー:(かぶせて)ああそうだったよ!!キミに感情はない!!わらったり悲しんだりしない!!
ミンユー:マスターの両親が死んだって、キミはちっとも辛くないものな!!!
s:…マスター。
ミンユー:なんで…信じていたのに…。
s:…マスター。
ミンユー:なんだよ!!!!
s:…お亡くなりになる前に、お2人から、お手紙を預かっております。
s:代読いたしますね。
(以下 手紙の文面)
愛する我が子 ミンユーへ
Type-Sから、学業をとても頑張っていると聞きました。
そして、医師を目指していると。
嬉しく思います。
小さい頃、あなたは私たちの働く様子を、よく見にきてくれていましたね。
待合室でつらそうにしている人に声をかけてくれたり、
注射が不安な子どもに寄り添ってくれたり。
小さいながらも、あなたは患者さんの気持ちを汲み取ろうとしていた。
それは、医師としてとても大事なことです。
病気や怪我を治すことだけが、医師の仕事ではない。
必ず、覚えておいてくださいね。
ここのところ、家から遠く離れた病院で働いていたのですが、
この度、戦地で軍医として、働くことが決まりました。
…正直、生きて帰って来れるかどうかわかりません。
もしかしたら、この手紙が最後になるかもしれません。
忙しくてちっともあなたに会えていなかったのに、いきなり戦地へ赴くことになり…。
せめて、戦地に行く前に、あなたに会いたかったのですが。
無事帰って来られた日には、必ず会いに行きます。
そのときは、あなたの好きなシチューを、たくさん作りますからね。
あなたは、私たちの、誇りです。
愛しています。
あなたの父、母より
(手紙 終わり)
ミンユー:……。
s:そして、お2人から私にメモが添えられていました。
s:もし、これから1ヶ月経っても手紙がなかったら、死んだと思ってほしい。
s:訃報は子どもには伝えないでほしい。と。
s:この手紙が来て1ヶ月経とうか という日、1通の手紙が届きました。
s:戦死を知らせる、政府からの手紙でした。
ミンユー:……。
s:…マスター。お勤め先を変えるつもりはありませんか。
s:このようなタイミングで言うことではないのは承知です。
s:しかし…お2人と、同じ道を辿られるのではないかと。
s:マスターほどの頭脳をお持ちであれば、きっと、もっと大きな病院でも…。
ミンユー:…いや。
ミンユー:戦地で軍医をすることにしたのは、自分で決めたことなんだ。
ミンユー:…戦地で働く父上や母上を見たわけでもないのに、軍医として働きたいだなんて…ちょっと運命感じちゃうな。
s:…マスター。
ミンユー:でも、生き残ってみせるよ。
ミンユー:何があっても。
ミンユー:…いつか、帰って来れたら、
ミンユー:シチュー、また作ってくれるかな。
s:…マスターのご要望とあらば。
ミンユー:ありがとう。
ミンユー:……ありがとう。
ミンユー:キミは、大切な家族だ。
s:マスターが戦地に赴いた後、戦争はますます激しくなった。
s:最初は手紙が届いていたものの、激化するにつれて、「もう手紙も送れないかもしれない」と書かれるようになった。
s:マスターが戦地に赴いて1年。
s:とうとう、手紙が来なくなった。
s:しかしその後まもなく終戦を迎えた。
s:私は戦地だった場所を探し歩いた。
s:マスターがどこかで傷ついて倒れているのではないかと……。
m:へぇー、献身的だね。
m:しかし、アンタみたいなオンボロなロボットに見つけられるのかねぇー。
s:見つかるまで探します。
m:どこの病院にもいない、遺体安置所にもいない。
s:ならば、今も戦地だった場所のどこかで…
m:無理だと思うよー?アンタ体も古いけど、OSも何もかもアップデートしてないでしょ。
m:その調子じゃ、感情データのダウンロードもしてないんじゃないの。
s:…いいんです。
m:どうして?人間の気持ちがわかるって、すごく素敵なことだと思うけど。
s:……いいんです。
s:感情を手に入れてしまったら、
s:一気に押し寄せて来る気がするのです。
s:言葉にならない思いが。
s:そうしたら、もう私は…。
m:…よっぽどマスターに愛されていたんだね。
s:マスターは最後におっしゃっていたんです。
s:私のことを、「家族」だと。
m:家族、ねぇ。
s:だから、行きます。
s:大切な家族を、連れ戻すために。
s:感情に、蓋をして。
烏(カラス)ー明ー 2人台本 (不問2) サイ @tailed-tit
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