現在.2



 学校を出て二駅ぶん電車に乗り、二十分近くは歩いたと思う。


 里帆の言う護念祠ごねんぼこらに向かいながら、何故そこへ行ったのか考えるが、なかなか思い出せない。僕は素直に白状した。


「私が一緒に行って欲しいってお願いしたからだよ」

「そう、なんだ?」


 言いながら胸を撫で下ろした。覚えていない事について怒られると思っていたからだ。


「この地に古くからある言い伝えでね、その祠は、自分の力じゃどうにもできない願い事を、万に一つの確率で叶えてくれるんだって」


 万に一つ、と考え首を傾げた。


「それは、運が良ければ叶うってこと?」


 歩道から傾斜のきつい山道に入り、すぐ前を歩く里帆に尋ねた。


「そうみたい。昔、市立図書館で見つけた本に書いてあったんだけど、願い事をしても全員分が叶うわけじゃないんだって。祠に祀られた神様が選別して決めるみたい」


 ふぅん、と相槌を打った。相変わらず里帆の表情は暗い。


 野生の植物が生い茂る中で、どこかから鳥の鳴き声が聞こえた。樹々一色の小径こみちを抜けると、途端に視界が開けた。


 海だ。


 僕たちは海がすぐそばにある山道を登っていた。


 目的とする祠はここから十数段続く階段の先にあるらしい。


 縄と木材で造られた簡易的な柵の向こうを見て、心臓がキュッとすくみ上がる。切り立った崖のそばを歩いていた。


 落ちたら確実に死ぬだろうな……。


 崖の真下を見ると怖いので、視線を遠くにやった。太陽の陽に晒された海面がきらきらと輝きを放っている。ザザ、と打ち寄せる波の音が、心拍を不規則にした。


 そういえば過去に一度だけ、こんな危ない道を歩いたことがある。祠に行ったという記憶は曖昧だが、この階段を登ってぶるぶると足が震えたことは鮮明に思い出せた。


 高所を進む恐怖心から、そもそも抱いていた疑問を里帆にぶつけた。


「それで……。何でわざわざ確認しに行く必要があるんだよ? 別に行かなくても叶ったかどうかは里帆が分かるだろ?」

「そんな簡単なものじゃないのよ」

「え?」

「五年後の同じ日に、祠を見に行くことで願いが完了するの」

「………完了」

「祠の神様にお願いするときは、願い事を書いた羊皮紙を壺の中に入れるんだけどね。叶っていれば五年後、その紙が壺の外に出てるんだって」


 それは、つまり。


「里帆の書いた紙が壺から出てるか確認すれば、完了ってこと?」

「そう。見届けることで願いが叶うの。運が良ければ、あの紙が壺の外に出てると思うから」

「そうなんだ……」


 じゃり、と砂と小石を踏みしめながら慎重に足を運んでいると、「翔くんも書いたわよ?」と言って里帆が振り返った。


「翔くんもお願い事をして、壺に入れたよ? だから今日誘ったの」


 僕は一段先に立つ彼女を見上げながら、表情を固めた。


 僕も書いた? 願いを……?


 一体どんな願い事をしたのかは思い出せないけれど、僕のことだから当時流行っていたゲームソフトが欲しいとか、そんなありきたりな願いだろうな、と思った。


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