五年前.1



「里帆ちゃん、そのアザどうしたの?」


 公園で手を洗う里帆の、捲った長袖の下を見て、近所の女子が無邪気に尋ねた。


 丁度ブランコを漕いでいた僕は、ぎくっとして彼女たちに目を走らせる。


「あー、これ? 覚えてないんだけど、昨日どこかにぶつけちゃったみたい」


 里帆は左腕にできた青アザを何の気なしに見つめ、ニコッと笑った。彼女の作り笑いに相槌を打つ女子を見て、僕は大袈裟に安堵した。一度緩んだ振り子運動をまた再開する。


 里帆の体には時々不審なアザが付いている。


 いつだったか、実際に見せてくれたのだ。


 肩や腕、太ももだったりが大半だが、背中にできていた時もあった。アザを隠すために体育を休むことも少なくない。


 アザの理由を、隣りに住んでいる僕はしっかりと把握していた。



 *


 夜遅くに隣家から怒鳴り声が聞こえ、思わず肩を揺らした。それまで夢中になっていたテレビゲームを中断して、部屋のカーテンを開ける。


 物が壊れる音と恫喝する声が暫く続いた。


 里帆は大丈夫かな……?


 心許ない気持ちで里帆の家の、明かりがついた部屋を見つめる。心臓がギュッと痛くなり、一度玄関から外に走り出て隣家を見上げた。


 せいぜい九年しか生きていない子供の僕に、何ができるというのだろう。歯を食いしばり、拳をきゅっと握りしめるだけで、また家に戻るという意味のない行動を繰り返した。


 数年前から里帆は父親と二人暮らしを

していて、母親はいない。ある日突然、母親が家を出て行ったそうだ。


「しょうがないよ、私はいらない子だから」


 公園でその話を打ち明けてくれたとき。里帆は何かを諦めたで、砂場の山に土を寄せていた。


「お父さんもね、お酒を飲んでいないときはまだ優しいんだよ。でも、お酒を飲むと人が変わるから」


 そう言って彼女は目から涙をこぼした。


 父親がお酒を飲んでいる夜は、それこそ存在を無にしていないと殴られる、そうも言っていた。


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