平平凡凡
三鹿ショート
平平凡凡
これまで交際してきた女性たちが私から離れるときの言葉は、全て同じだった。
それは、私では刺激が足りないということである。
裕福でもなく貧乏でもなく、特段の問題に直面することもなく、代わり映えの無い日々を過ごすことに対して、当初は何も感ずることはなかったのだが、やがて女性たちは物足りなさを覚え、不満を抱くようになったということだった。
私は、女性たちの気持ちを理解することができなかった。
日常生活における些末な不満などは存在しているが、赤貧に喘ぐことなく、問題の無い毎日を過ごすことができることは、これ以上は無いほどに幸福ではないか。
同時に、そのような日々を送ることができるようにするために、見えない場所で私がどれだけの苦労をしているのかを、女性たちは知らない。
ただ、知っていたとしても、私から離れていくのだろう。
それでも私は懲りることなく、新たな女性と交際を開始する。
その理由は単純で、寂しかったからである。
***
離れていく女性の背中を見つめながら、私はようやく、あることに気が付いた。
平凡な生活とは無縁である、貧しい日々を過ごしている相手を恋人とすれば良いのではないだろうか。
そのような人間ならば、私との生活がどれほど恵まれたものであるのかを理解し、不満を抱くことなく受け入れるに違いない。
ゆえに、私は治安が良いと言うことができない土地へと向かい、痩身の女性を次々に見て回った。
いずれの女性も、私の姿を目にすると、金銭と引き換えに快楽を提供すると告げてきたが、私が受け入れることはなかった。
私は、そのような女性を好んでいなかったからだ。
金銭に目がくらむことなく、どれほど貧しかったとしても身を汚すことなく生きようとしている女性を、私は探していたのである。
やがて、私は一人の女性に出会った。
彼女は、男性たちから怒鳴られようとも涙を流すことなく、真剣な眼差しで肉体労働に従事していた。
仕事を終えた彼女の跡を追って分かったことは、彼女は病弱な妹のために身を粉にして働きながらも、弱々しい表情を浮かべたり、弱音を吐いたりしたことは、一度もないということだった。
このような土地において、彼女のような人間的にも素晴らしい存在と出会うことができるとは、想像もしていなかった。
是非とも、彼女を我が恋人としたかった。
病弱な妹も養うと告げれば、彼女も断ることはないだろう。
早速、私は彼女に接触することにした。
***
妹のことを大事にするのならばという条件で、彼女は私の恋人として生きる道を選んだ。
これまでの生活とは異なり、妹と過ごす時間が増えた彼女が笑顔を見せることは多くなり、妹の病気もまた、快方へと向かっていった。
彼女は毎日のように私に対する感謝の言葉を吐き続け、私もまた、これまで感じたことの無い幸福に満ちた生活を送ることができるようになっていた。
やがて、彼女の妹は人並みの行動に及ぶことができるようになり、短い時間ではあるが、働きに出るようになった。
何もかもがうまくいっていると思っていたところで、ある日、彼女の妹が私に近付いてきた。
いわく、私の姿を初めて目にしたときから、心を奪われていたらしい。
これまでは病弱だったために身を捧げることができなかったが、病気が治った今ならばと、私に近付くことを決めたということだった。
だが、私が彼女の妹を受け入れることはなかった。
私が愛しているのは彼女であり、妹ではないのである。
そのように告げたところ、彼女の妹は涙を流し始めた。
どうすれば良いのかと慌てていたところで、彼女が帰宅した。
彼女の妹は涙を流しながら姉に抱きつくと、私を指差しながら、
「彼に、襲われそうになりました」
その言葉に、私も彼女も目を見開いた。
当然ながら、そのような事実は無い。
何を言っているのかと彼女の妹に目を向けると、眉を顰めながらも、その口元は緩んでいた。
おそらく、己の気持ちに応えてくれることがなかった私に対する報復なのだろう。
それにしては、その内容はあまりにも過激ではないか。
私が事情を説明しようとしたが、彼女は妹の言葉を信じている様子で、私のことを親の敵のように睨み付けている。
彼女はそのまま、妹と共に、私の家を飛び出していった。
残された私は、寂しさを感じながらも、あることに気が付いていた。
これが、刺激の存在する生活というものなのだろう。
人々はこのようなものを求めているのかと思うと、正気であると言うことはできない。
やはり、刺激の無い生活の方が良いのだ。
ただ、このような事態に直面せずとも、分かっていたことではある。
平平凡凡 三鹿ショート @mijikashort
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