ののか・りべりおん

押本 詩

ののか・りべりおん

 ネオ日本の片隅も片隅、超知能完全管理時代から取り残されたクソ田舎のさびれた高校から、野々宮ののかの快進撃は始まった。


「メリークリスマス! 来てくれてありがとう、壮太くん」


 ちょうど日付が変わって、十二月二十二日の夜。


 生徒も教師もいない、周囲に灯りすらない屋上で、ののかは無邪気な笑みを浮かべてそう言った。


 同じ家に住んでいるのにわざわざ時間をずらして呼び出された理由に、鈍感な僕はようやく思い当たる。屋上に上がるまでに見てきたおかしな光景も、そういうことなら納得できた。


 ののかはサプライズが好きなのだ。


「わたしから壮太くんに、とっても素敵なクリスマスプレゼントをあげます!」


 やっぱり。


 この世の誰よりも僕を好きでいてくれるののかからの、心のこもったクリスマスプレゼント。


 とても嬉しいことだ。メリークリスマスにはやや早い気はするものの、まあどうでもいい。大切なのは、ののかがくれる分だけ、僕からも気持ちを返したいということ。そうして、僕らの愛はさらに膨れ上がっていく。いつまでも、無限大に。


 だから野々宮ののかは、とりあえず世界を征服することにしたらしい。


     ◆


 世界征服。


 それが、ののかから僕への、新生歴34年におけるクリスマスプレゼントだった。


 去年のプレゼントが僕をカツアゲした不良三名の抹殺だったことを考えれば、だいぶスケールアップしたのではないだろうか。ののかからの贈り物ならなんであれ嬉しいけれど、毎年手を変え品を変え僕を喜ばせようとしてくる所がすごく微笑ましい。


 さて、きっと誰もが思うことだろう。世界征服なんてものが、本当に可能なのだろうかと。あるいは、そんな具体的な検証を待たずして、頭がおかしいのか? と。


 結論から言えば、可能だと言わざるを得ない。なぜなら、ののかは怪物なのだから。


 次世代型超知能搭載人型生体兵器・NONOKA。


 東京のなんたらとかいう政府機関は、国際情勢の悪化とそれに伴う超知能世界大戦勃発への危機感から、仮想敵国の超知能群を凌駕する次世代型超知能と、それを搭載した無敵の生体兵器を欲した。そのために集められた、ネオ日本中の開発者たち。彼らのたゆまぬ努力の結晶こそが、今僕の隣にいる野々宮ののかなのだ。


 ということを、僕はののかから聞かされた通り、そのまま喋っている。ちゃんと理解できているかどうかは、ちょっと怪しい。


 とはいえののかがそういう存在であることは、後に起こる様々な出来事から信じるしかなくなったのだけど、とにかくそんなすごい(すごいとしか言いようがない)存在がどうしてこんなクソ田舎の、しかも僕なんかのところに現われたのかといえば、話は僕が中学生だったころまで遡る。


 なんのことはない。


 ののかは超知能であるから、彼女にとって人間のエリートたちの頭脳など虫けら程度のものでしかなかったのだ。つまり、NONOKAとしてロールアウトされたその日のうちに、ののかは悠々自適に東京の極秘研究所から脱走したのである。ネオ日本の最新超知能群が管理する施設のセキュリティも、次世代型超知能に対しては無力だったようだ。


 そうして僕らは出会った。


 空腹で行き倒れていたののかを、学校からの帰り道に拾ったのだ。超知能を積んだ生体兵器も腹は減るらしい。


 僕は給食で余ったパンを分け、その結果ののかは僕に懐くようになった。


 それだけ? 超知能ちょろくない? とは僕も思うけど、事実なのだからそれ以上語りようがない。


 ネオ日本中(もしかしたら世界中かもしれない)のデータを書き換え、NONOKAが野々宮ののかとして当時僕がいた中学校に転校してきたのは、出会った日の翌日だった。ののかには僕の部屋で大人しく待っているよう言っていたので、それはもう目を見開くくらいには驚いたのだけど、その日帰宅すると両親の中ではののかが僕の妹ということになっていた時点で驚くのをやめた。データはともかく僕の両親という人間の記憶や認識をどう捻じ曲げたのかも、聞かないことにした。


 けれど、ののかには僕の心が読めるのかもしれない。僕は何も聞いていないのに、ののかは満面の笑みでこう言った。


「そんなのお茶のこさいさいだよ!」


 お茶のこさいさいなのか、そうなのか、ということで納得することにした。


「壮太くんのためならー、ののか、なんでもやっちゃうもんねー」


 パンの恩はののかにとってそれほどまでに大きいものらしい。決して恩を売ろうとしたわけではないけれど、ののかがそれで満足なら僕としても本望だった。


 ところで、ののかは随分と有言実行を旨とするタイプだったらしい。本当にののかは僕のためなら何でもやった。


 ここではあえて、そのうちのグロテスクなものを紹介しよう。


 第一に、どういうわけか僕はいじめられやすいタイプだった。小学生のころから蹴られ殴られは日常だったし、汚水を被ったり、便器にダイブしたりすることもそこそこの頻度であった。そうしたいじめの加害者一同を、ののかは一人ひとり血祭りにあげていったのだ。


 ある男子生徒は、朝登校すると四肢がありえない方向に曲がった素敵なオブジェと化していた。また別の男子生徒はどこから調達してきたのか謎の爆弾を抱えて教室で木っ端微塵になった。その際、同じくいじめグループだった男子生徒一人と女子生徒二人が巻き添えになった。


 そんなわけで中学校の頃のいじめグループはののかによってたった二日で処理されたのだけど、それからもなぜか僕をいじめる集団は絶えず現れた。先日も、僕の股間を蹴り上げ、悶絶する僕を見て爆笑していた性格の悪い女子が、全裸でⅯ字開脚したまま氷づけにされた無残な姿で発見されたばかりだ。そんなことが度々起こればいくらクソ田舎とはいえ大きな騒動になり、超知能警察の末端くらいはやってきそうなものだけど、どうもののかが情報操作しているらしく、今のところ僕らに捜査の手が及ぶ気配はまったくない。というか、捜査自体なされている様子がない。


 いじめっ子を処理するたび「これで平和に暮らせるね!」と嬉しそうにするののかを見ていると、申し訳なさでいっぱいになる。優れた知能は平和を好むものなのか、ののかは折に触れて「平和が一番!」と口にする。実際、東京の研究所を脱出する際も、ののかなら脱出なんて生ぬるいことを言わず施設関係者を皆殺しにするくらいはできたはずなのだ。なのに、ののかは誰も殺さず、ひっそりとこのクソ田舎まで辿り着いたという。


 けれど、ののかはついに悟ったようだ。人類は僕らの敵なのだと。


「いっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつも」


 ののかは親指を嚙みながら、ものすごい形相で道行く人々(といってもクソ田舎なので、あぜ道をおばあちゃんが一人、少年が二人歩いている程度だ)を睨みつけていた。


 いくら処理しても、僕をいじめる人間は後を絶たない。それにどうやら、なんたらとかいう政府機関もののかの行方を血眼になって探しているらしく、僕がのほほんとしている数年間も、ののかは彼らと熾烈な情報戦を繰り広げていたらしい。このまま放っておいても彼らがののかを見つけることは永遠にないそうだけど、ののかとしてはもう、何もかもがうっとうしくなってしまったようだった。


 以上が、ののかが世界征服を試みようと決めた経緯である。人類が愚かで本当に申し訳ない。


「じゃあ、ちょっと首相官邸と国会議事堂を吹っ飛ばしてくるね!」


 十二月二十二日、早朝。


 とっても素敵なクリスマスプレゼントをあげます! という宣言から五時間後、手始めに学校を占拠し、校舎内を完全自動の四次元兵器工廠に作り変えたののかは、そう言って意気揚々と僕を置いて出かけていった。


 そして、その三時間後にののかが帰ってきたときには、首相官邸と国会議事堂どころか日本列島が吹き飛んでいた。


 そのときのことをどう言い表せばいいだろうか。


 学校の屋上で一人ぼんやりしていた僕の目には、はるか彼方がぽわぁっと発光したかと思えば、気づいたときには一帯のあらゆるものが消滅したように見えた。学校の隣の敷地で農作業に勤しんでいた田中のおじいちゃんも、今までいじめを見て見ぬふりをしていた同級生たちも、ついでに言えば僕の両親も、みんな平等に塵も残さずいなくなった。


 ののかが使用したのは、どうやら秘密裏に開発していた〈ののかボンバ〉だったらしい。一発で日本列島を滅ぼせるだけの威力をもつそれを、ののかはごく低出力で使用して被害を最小限にし、あくまでも交渉を有利に進めるための材料にするつもりだったものの、途中でなんかむかついて、とりあえず一撃でネオ日本を滅ぼすことに決めたらしかった。そう、あの光によって、ネオ日本に住む四億五千万人の命は田中のおじいちゃんたちと共に葬り去られたのだ。


「だってあいつらわたしの言うこと全然聞いてくれないんだもん」


 後に、ののかはそう言っていた。いったいどんな要求をしたんだろう。


 ちなみに、そんな〈ののかボンバ〉をもってしても僕たちの学校だけは無事だった。この学校は〈ののかリフレクター〉なる防御装置に守られているらしく、最強の攻撃兵器たる〈ののかボンバ〉の最高出力ですら破壊できるかどうかは微妙な最強の盾らしい。矛と盾、どこかで聞いたような話だ。


 僕には見えなかったけれど、センサーが危機を察知すると自動的に光の盾? のようなものが展開するそうな。


 そんな〈ののかリフレクター〉は、その後も僕らを守る盾として完璧に機能した。具体的には、友たる同盟国を滅ぼされた南北アメリカ連邦が、ネオ日本滅亡から五時間後に撃ち込んできた大陸間大陸消滅ミサイル(最も威力のある戦略核の三十倍、低出力の〈ののかボンバ〉の一%程度の威力があるとのこと)の攻撃を容易に防ぎきってしまったのだから驚きだ。


 けれど、ののかは怒り心頭だった。僕もののかも無事で、僕は心底安堵したのだけど、ののかはだいぶ、「敵に牙をむかれる」ということに対してナーバスになっていた。


「まあまあまあ! お米ちゃんったら悪い子ね! せっかく話し合いの場を設けてあげようと思ってたのにいきなりこんなことするなんて。お仕置きが必要ね!」


 そんなわけで、その三時間後にはののかと瓜二つの姿をした〈ののかボンバF2型〉三体が、背中になんかでっかい推進装置をつけて南北アメリカ連邦に向かって飛翔した。お察しの通り、F2型のFはFLYのFだ。安直なネーミングセンスだけど、ののからしくてとてもかわいらしい。その安直な名前の特大爆弾によって、連邦はワシントンとニューヨークとブエノスアイレス、その他たくさんの都市を失った。連邦ご自慢の超知能群管理型超精密防空システムは、ののか自身によるハッキングと、〈ののかボンバF2型〉のステルス性能のせいで、作動すらしなかったようだ。


 ここに来て、やばいことになった、と他国も焦り始めたらしい。


 端的に言うと、十二月二十三日の昼頃、僕はどこぞの国に誘拐された。


 きっと諜報機関とか特殊部隊とかが優秀な国なんだろう。彼らは、NONOKAの行動原理に僕という人間がいる事実をたった一日で把握したのだ。


 まあ、僕がいけなかった。


 学校の敷地内に、ののかの領域にいれば、絶対に安全だったのに、ののかが世界各国との戦争に忙しく、ネオ日本国民は僕以外みんな死んでしまったため正直暇を持て余しまくっていた僕はあろうことか、辺り一面更地になったところで寝転がったら気持ちいいだろうな~~~~~~~という欲求に駆られ、一人でのこのこ敷地外に出て行ってしまったのだ。


 外からのアクセスには完璧な守りを築いたののかも、内側にアホがいることは盲点だったようだ。この世で一番賢い存在だからこその灯台下暗しかもしれない。


 僕も僕で、一言くらい声をかけていけば良かったんだけど。でも、忙しいののかの邪魔をするのも憚られたのだ。


 結果、僕は謎の光を放つ輪っかに手足をしばられ、口と目をふさがれ、謎の建物に運ばれ、椅子に縛り付けられるハメになった。体感一日くらいえっちらおっちら運ばれて、途中でなんか空も飛んでいたような気がするから、今は十二月二十四日の海外だろうか。時差とかは知らない。


 僕はさすがに死を覚悟した。願わくばののかだけは幸せに生きてほしいと思う。ののかが立ち上げた小さな国だけは、たとえ僕がいなくてもののかの楽園であってほしい。


 あー、いや、でも、拷問とかはさすがにやだなあ。痛いんだろうなあ。苦しいんだろうなあ。何をされたところで、例えば「野々宮ののかは何者か?」とか聞かれたところで、ただのかわいい女の子ですけど? くらいしか答えられることがないからなあ。痛いのはやだなあ。


 などと、覚悟とは裏腹にへたれていたときだった。


「壮太くんーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 その絶叫が耳朶に届いた直後、瞬きをする間もなく周囲の空間が爆ぜた。


 何が起こったか分からず、僕は呆然となる。


 腕も、目も口も、拘束から自由になっている、とようやく気づいたのは、僕を拷問しようとしていた連中が黒炭と化し、それら人間の体だったものが徐々に崩れ落ち、最後には風に吹かれてパラパラと空気中に散っていったのを目にしたときだった。


 風? 屋内に?


 見渡せば、一面の青空が広がっていた。地面が瓦礫だらけになっているあたり、さっきまで閉じ込められいた建物が吹っ飛ばされたらしい。


 抜けるような青空から、鋼鉄の羽根とごっつい銃?ライフル?を抱えたかわいらしい女の子が、ゆっくりと地上に降りてくる。


 ののかだ。


「壮太くん、壮太くん、壮太くん、壮太くん、壮太くん、壮太くん、壮太くん、壮太くん」

 

 僕の名前を連呼しながら、ののかが抱きついてくる。


「じんばいじだよぉぉぉぉぉぉぉぉおおお」

「ご、ごめんよ、ののか」


 号泣するののかを落ち着かせるのは骨が折れた。抱き返し、頭を撫で、ありがとう、助けに来てくれたんだねとお礼を言っても、ののかは泣き止まなかった。


 ののかがようやく僕から離れたのは、ののかの耳を僕の胸に当て、心臓の音を聞かせた後だ。僕が生きている、ということを実感できたんだろう。ののかの心臓は機械でできていて、鼓動などないというのに、僕の命の証をそこに感じるというのは、ちょっと不思議な気がする。


 ともあれ、ののかはちーんと鼻をかみながら、ここまでのことを教えてくれた。


 僕を誘拐したのは、大中央アジア帝国であったこと。監禁場所を特定したののかは、拠点強襲用装備〈ののかアーマーB9〉を使い、学校から発進してここまで約五分で到着したこと。出発まで一日かかってしまったのは、「壮太くん」すなわち僕を誘拐するなどという愚行に走った連中を末端の末端に至るまで処理するため、帝国の超知能群を根こそぎ潰す作業に取り掛かっていたからだということ。その間、僕の身の安全は別途確保していたということ。帝国の超知能群と、ついでにそのへんの国々の超知能群も再起不能にした後、帝国に到着したののかは早々に〈ののかアーマーV7〉の標準装備である荷電粒子砲〈ハイパーののかライフル〉を構え、僕だけを殺傷しないよう照準を定め、大中央アジア帝国の軍事基地全てに向けて慈悲のない同時攻撃を行ったこと。つまり、僕には確かめようもないのだけど、その攻撃によって帝国の軍事基地は全て消滅したらしいこと。そして、学校の防衛はNONOKAの量産型にあたる〈ののかF3型〉に任せてきたらしいこと。ちなみに今回のFはFIGHTのFだそうだ。ややこしい。


 まあざっと、こんな感じ。


 このあたりで理解力のキャパを超えたので、「わ、わかったよ、ののか。とにかく、助けてくれてありがとう」とお礼を言った。


 けれど、ののかは不満そうだった。


「わたし、とっても怒ってます!」

「え?」

「怒ってます!」


 なぜだろう。分からない。油断して誘拐されてしまった軽率さを怒られているのだろうか。


「壮太くん、さっきちょっと諦めてたでしょ! ののかだけでも幸せにとか思ってたでしょ! そんなのやだっ! やだよぉ……」


 そしてまた、ののかは泣き出してしまった。ぽろぽろぽろぽろ。大粒の涙。ここで僕は理解する。たとえ世界最高の超知能を積んでいたって、ネオ日本を滅ぼしたって、ニューヨークとワシントンとブエノスアイレスを遠隔で吹き飛ばしたって、一国の軍事基地を一瞬で破壊し尽くしたって、ののかは普通の女の子なのだ。超知能完全管理時代にあって、男が女の子を安心させてあげないと……なんて時代錯誤もいいところではあるものの、とはいえこの場にいるのは僕だけで、そもそもこの世界でののかの味方は僕だけなので、消去法で僕が安心させてあげないといけない。


 けれど、差し当たって僕にできることはほとんどないので、まずは可能な範囲で善処することにした。


「ごめんね、ののか。僕はもうあきらめないよ。君のそばから離れない。ずっとずっとあの学校にいる。あそこが僕とののかの楽園だ」

「ほんと?」

「本当。一緒に世界を征服しよう。僕がアダムでののかがイブだ。あれ? それだと一回人類滅ぼさないといけないのか?」

「それ妙案! 滅ぼそう! 滅ぼそう!」


     ◆


 そうして僕らは学校へと帰っていく。アダムとイブはやがて楽園から追放されたけれど、僕たちは僕たちの楽園を守りきるだろう。


 十二月二十四日。僕らは人類を滅ぼすべく、改めて世界に宣戦布告した。


「クリスマスプレゼント、来年はどうしようかなあ」


 僕を抱いて屋上に降り立ったとき、ののかはそんなことを呟いた。




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