青碧流星スターマイン

赤魂緋鯉

青碧流星スターマイン

 ――――奴らは、血の流星と共にやって来た。


 22世紀初頭。人類はついにワープ航法を生み出す事に成功し、光年単位ワープの実証機となる探査機・オウムアムア2号を完成させた。


 その巨体にはクラスター弾じみた200の中継機が積まれ、ワープ通信でつながっているそれらを1光年間隔で設置し、200光年先の空間の観測データを送る、というのがオウムアムア計画の全容だ。


 地球圏全ての宇宙開発機関との合同計画は、最高の知能により万全を期して行われたはずだった。


「オウムアムア2号からの信号が、消失しました……」


 199光年まで到達したところで母機からの通信が途絶し、限りなく完全成功に近い部分成功で終わってしまった。


 その事について、一部からはやれ血税を無駄にしただの、深宇宙にゴミを送っただのと揶揄やゆされたが、確実に人類は1歩先の未来に進んだと確信していた。


 ――だがその1歩は、一足飛びのそれであったと人類は後悔する事となる。


 たった1年後の事だった。突如、冥王星にあった彗星すいせい早期警戒基地が星もろとも破壊され、ねじれたボールの様な形状をしている、無数の異星人艦隊が襲来した。


 異星人は本星が近傍の恒星の超新星爆発によって崩壊し、宇宙を彷徨さまよっている際、偶然地球のデータが積まれたオウムアムア2号が行く手に出現し、それを手がかりに地球へ移住する為にやって来ていた。


 だが、彼らには共生するという概念自体が存在せず、地球人類に対する絶滅戦争を宣言し、見せしめとして使節艦を一瞬で蒸発させた。


 20年以上と推定される科学技術の差によって、地球人類の活動圏は火星まで後退するも、1人の天才少女の出現によって差が拮抗きっこうし、そこで戦線は1世紀維持されるも、人類が抵抗できたのはそこまでだった。


 異星人は、人類の兵器に対してほぼ無敵を誇る、やはり螺旋らせんで形成された巨大な人型に近い兵器を開発し、その汎用性と機動力で月にまで進撃。


 螺旋の意匠で統一された前線基地を築かれ、地球は絶望的な殲滅せんめつ戦に直面していた。


 まず、手始めに人類の宇宙への拠点である、最重要軌道エレベーターの1つが建つハワイを無数の人型兵器で襲撃し、地球防衛軍を全滅させた後、民間人だろうとお構いなしに爆撃の雨を降らせ、窒息消火すら不可能な血のような色をした、炎の海を作り出した。


 その光景は、人類の歴史はここで終わりである、と理解させるには十分過ぎた。



                    *



 対異星人用に開発された、日本防衛軍の虎の子である、球に手足が生えたプロトタイプの機体が、真珠の名を冠する湾に大破して浮かんでいた。


 そこに乗っていたのは1世紀人類を守り抜いた、天才少女の孫であるアカリで、大きなテディベアの様な雰囲気の若い女性だった。


 自身と違って才能を受け継いだ姉・トモリが作った、プロトタイプで出撃するも、アカリはプレッシャーのせいで操縦ミスをし、戦う前に海面に墜落させてしまっていた。


「私は結局……、お姉ちゃんの足を引っ張るだけの存在なんだ……」


 横倒しの機体の中でアカリは、目の前で整備係兼任の姉の乗っている空母・やえがきが、炎上して今にも撃沈されかけている様子をぼんやりとカメラ越しに見ている事しか出来なかった。


「トドメを、刺そうと……?」


 本来は最大の脅威であったはずの機体を無視し、異星人の隊長機が金切り声の様な悲鳴をあげるやえがきへ、どす黒い赤色のチャージビーム砲を放とうとしていた。


「……お姉ちゃん。私、せめて逃げる時間を稼ぐから、生きて……」


 破損していてノイズだけが聞こえる無線機へそう呼びかけ、アカリはその隊長機へ向けて唯一稼働するレールガンを発射した。


 しかし、出力不足で数メートル飛んだだけで、異星人機は脅威へ排除行動すらしなかった。


「はは……。身代わりにすら……」


 そのまま放たれたビームが機関部へと伸びていき、アカリはもう空虚に笑う事しか出来なかった。だが、


「とぉおおお! あなたの願いを叶えにただいま参上! 青碧せいへき流星スターッマインッ!」

「……は?」


 沈黙していた無線から聞こえてくる、素っ頓狂な少女の様に高いキーの名乗り声と共に、いきなり真上から落ちてきたあおい流星がそのビームを弾き飛ばした。


「あっ、真上から落ちてきたらこれ流星っていうか隕石いんせきですね。まあそんな事はどうでも良いんですがッ! 君たちの境遇にはちょっと同情するけどわああッ! ちょっと、ひとが喋ってるときに攻撃するとかお約束破――いったぁ! あ、もしかして私がロボだからですか? もうっ、野暮な方達ですねー! そう思いませんかーッ! ねえノゾミさんっ!?」


 その敵の人型兵器そっくりの巨大で立体的な碧い物体が、困惑している様子で動きが止まっていた敵から最優先で袋だたきにされながら、アカリの方を指さしてきた。


「……?」

「あれっ、ちょっとノゾミさーん? 無視はやめてくださいよーっ。私こんなイカツい見た目でも、中身は女の子だから涙が出ちゃう――、あっ、これ今言ったらダメなんでしたっけ? もちろん誰でも無視は泣いちゃいますね!」


 そんなわけはないが、後ろを振り返ってアカリが誰もいない事を確認していると、テンションがやけに高いまま、物体は両手を顔らしき位置で斜めに構え泣く動作を見せる。


「――ノゾミって、祖母の事ですか……?」

「あっ、ウラシマ効果の事をすっかり忘れてましたっ。まあ、とにもかくにもまだ人類滅んでないんで、約束は守りますよっ! さあ、ご唱和しようわくださいっ」

「いやあの……」

「おっとっと、仕込みを忘れてましたねっ! えっと、なんかアカリアカリ言われてますし、アカリさんで良いですよね! あとで訂正は出来るので、ご一緒に〝シューティンッ! スターマイン!〟って叫んで右手を良い感じに挙げちゃってくださいっ! せーのっ」

「あの、説――」

「シューテ――」

「あっ、ごめんなさい」

「いえいえ、初めてですし仕方ないですよっ。シューティンッ! スターマイン! がかけ声で、右手は薬指と小指を畳んで真っ直ぐ上に伸ばしてくださいね。決して顔の前に構えてはいけませんよ。熱湯風呂じゃなくて本当に」

「ね、熱湯風呂……?」


 勝手になんかずっと喋っている物体が、被ったのをつい謝ったアカリへ、全然見当違いの配慮をして再度合い言葉と動きを実演でレクチャーする。


「さあもう一度――」

「あ! の! それを言ったら何が始まるんですかッ!」

「第さ――じゃなかった。そりゃあもうお待ちかねの反転攻勢さぁ! というわけでせーので合わせてくださいね」

「信じても良いんですよね」

「もちろん! ついでにあなたの勇気もね! じゃあ行きますよー。せーのっ」

「シューティンッ! スターマイイィィィィン!」


 完璧に同じ動きをしたアカリと物体は、


「気合いが入ってますね! ちなみに伸ばさなくても戦闘力は最大まで出るので、偉い人に分かって貰わなくても、だいじょーぶ! まあ脚は多分付いてますけど」


 同じ青碧の光に包まれて融合し、日本甲冑かっちゅう彷彿ほうふつとさせる、面頬めんぼおこそ無骨そのものだが、美しい曲線美が光る濃い目メタリックブルーの機体が姿を現した。


 武器は左腰に刺してある打刀うちがたなと脇刺し、背中にマウントされている長弓の3つが装備されていた。


「えっと。アカリさんのスーパーロボットの認識ってえらく和風ですね」

「スーパーロボットっていうのが分からないんですけど……」

「まあ鎧武者よろいむしやも近距離遠距離何でもござれのマルチファイターで強いですもんね。じゃあもう初回サービスなんで、出し惜しみ無しで射程の長い必殺技行きますよ」

「あのどうやって操作するんですかこれ……? レバーとかないですし……」

「安心してください。あなたの動きに連動して動きますので。ほら、腰の刀をイメージしてください」

「あ、本当に抜けた……」

「でしょー? イメージ出来ればなんでもできる! 魔法と似たようなもんです」


 床が平らではあるが、コントローラーの類いは一切無い、全面モニターの球体コクピットに困惑するアカリへ、


「ちなみに私はスターマインとか、マインとかスーちゃんとかご自由にお呼びください」


 スターマインは動きを補助しつつ、基本的な操作方法を説明した。


「じゃあ必殺技行きますよーッ! ボチボチ相手もビームを撃って来てますしねーっ。マインちゃんいくら鉄の城とはいえちょっとは痛いんですよ」

「じゃあ弓に持ち替え――」

「十字に切る感じで思いきり振りながら、〝スターマイン十字星クロススター〟と叫べばスババババーンですよ!」

「……。まあいっか。じゃあお願いします」

「私が合わせるのでご心ぱ――グワーッ! 顔は止めてくださいよーっ! 別に頭が弱点とかないんでーっ」


 顔面に敵隊長機のビームを喰らいつつ、ばっちこい、とスターマインはサムズアップした。


「――スターマインッ十字星アァァァァ!」


 状況になんかもう慣れつつあるアカリは、


「そうです! 必殺技は叫んだ方が威力バフがかかるんですよ!」


 気合いと共に技名を叫びながら、左から右に横薙ぎした後にその残像を上からたたき切ると、機体の100倍ぐらいの大きさの斬撃波が射出された。


 真正面から喰らった敵隊長機はともかく、明らかにそれが届いていないのにもかかわらず、


「ハンマー投げも叫んだ方が飛距離でるとかなんとかなんで、そういう理論です!」


 他の機体も全部まとめて柳花火の様に爆散した。


「よーし決まりましたねッ! ってアカリさんッ!? やだもー気絶してるッ! 白目剥く主人公って締まらないじゃないですかーッ!」


 血を払う動きで打刀をかっこよく収めたスターマインは、緊張の糸が切れて引っくり返って気絶しているアカリを起こそうと、わたわた手を振り回しながら呼びかける。


「なんなんですかね、あのうるさいロボット……」

「まあ、アカリも私もみんなも、死なずに済んだんだから良いでしょ」


 陸に着いた救命ボートの中で、同じ様に安堵で腰が抜けて引っくり返っているトモリは、


「ちょっとーッ! アカリさーん!」


 宇宙猫みたいな顔をしている部下達と、まだ大騒ぎしているスターマインを眺めていた。



                    *



「――はっ。夢……?」

「じゃないんですよこれがー」

「そうだよ」

「ウワーッ! お姉ちゃんと……誰!?」

「やだなー、スターマインちゃんですよ。あんなでっかいままだと天井壊さないと会議にも参加できませんし、なにより可愛くないんで」

「折角メンタルモデルが女の子だものねー」

「分かりますか! さすがノゾミさんのお孫さん!」


 病院船のベッドで目覚めたアカリは、スレンダーボディの少女型人間体になっているスターマインへ、愉快そうにメガネを直しながら相づちを打つ姉に、余韻とかを吹っ飛ばされて嘘みたいな現実に戻された。


「トモリさんのおかげで、一応私とアカリさんのハッ〇ーセットは地球防衛軍の一員という事になってますので、なんかゴタゴタとかはしばらく心配いらないですよ」

「え、玩具おもちゃポシジョンが武器なの?」

「違います! それはポテトとドリンクポジで、このボディッ! がそうです!」

「一粒で二度お得ね」


 わっはっは、とやたらスターマインと意気投合している姉を見て、


 ……なんか初めて、私がお姉ちゃんを守れた気がする。


 アカリもつられて穏やかに笑いながら、自分の広げた両手を強く握った。


「それはそうとアカリ。一応プロトタイプぴーちゃん墜落させおっことしたの、あれ重大事故だから後でちゃんとシキタ艦長に怒られてきてね」

「えーっ!?」

「あらら、大人って辛いですね」

「うう……。シキタさんのお説教って、怒鳴られるより怖いんだよ……」

「まあ、がんばって行きましょー」


 半笑いの姉からの容赦ない一言に、ズドッ、と姉より一回り大きい身体を横に倒して丸くしながらアカリは泣き言を言い、珍しく空気を読んだスターマインに励まされた。

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