第11話 進路そのまま

ー潜水艦デルスカ艦内ー


「こちらソーナー。艦長、敵はジグザグ航行をやめて、速度を上げ始めました。」

「なに、本当か?」

水測兵がいるソーナー室からの知らせに、ビルキス艦長は少し動揺した。


「敵が逃げ始めたのでしょうか?艦長?」

アンドリューはそう聞くと、艦長は顎髭をこすりながら答えを導き出した。

「いや、恐らく奴等はこっちを油断させ、追従してきたところを狩るつもりだ。しかし、その手には乗らん。操舵員、速度を1/5にして潜望鏡深度を取れ。」

操舵員は反撃のチャンスを得たのだと、艦長の指示にすぐさま従った。


「水雷員。ジグザグ航行の余波でソーナーが効かないため、これから再度潜望鏡で敵の位置を再確認する。確認後、直ぐに魚雷全門発射だ。今度は左右に魚雷が広がるようセットしろ。」

マイク越しに水雷員の返事が聞こえると、潜望鏡深度についたことを操舵員の一人が教えた。


艦長はうなずくと、アンドリューは潜望鏡を下し、一回しさせると目標を見つけた。

『1時間にも及ぶ敵のジグザグ航行により、ソーナーや航海士がはじき出した未来位置とかなりのズレができている。』

アンドリューは先ほど艦長から言われたことを思い出し、頭の中で敵を詳しく分析した。

「艦長、敵の位置は予想よりずれてい…」


アンドリューが潜望鏡を見ながら艦長に敵の状況を説明している刹那、敵のCIWSがぐるりとこちらを向き、銃身がこちらを睨むと小さな発砲煙を噴き出した。

一瞬の出来事に思わずアンドリューは後ろにたじろくと、発令所にある手すりにぶつかった。


ビルキスは反射的に何が起きたのかを知るために潜望鏡をのぞき込もうとしたがもう遅かった。




「よくやった。見事な照準だった。」

アダム艦長が砲雷科のクルーを褒めた。

「敵潜の艦長は恐らく軍務に忠実で、確実さと結果を重視する人間だろう。そんな彼に絶好の攻撃チャンスを与え、かつ多少海流を攪拌し耳を聞こえにくくしてやれば…」

後はもう分かるだろう、と艦長はルイドに問いかけた。

ルイドは答えがもう頭に浮かんではいたが、脳みそはその答えに追い付いていなかった。


「敵は必ず、潜望鏡を出して我々の位置を確認する。そこにCIWSを撃ち込んで敵の目を奪う。そんなことが本当に可能なのですか?」

「君は実に面白いことを言う。現にやってのけたではないか。」

艦長はフフフと笑うと、操舵員につげた。

「進路そのまま、巡航速度に戻せ。」

「艦長、とどめを刺さないのですか?」

ルイドはうろたえたが艦長は動じなかった。

「彼はもう撃ってこない。彼はそういう男だ。」


 艦長の言った通り、敵潜水艦は魚雷を撃たず潜望鏡修理の為か、浮上し始めた。潜水艦は深い海中へ潜る精密兵器の為、ハチの巣になった潜望鏡を出したままだと通常の速力も潜航震度も発揮できない。

必要不可欠とはいえ、潜水艦乗りとして敵艦の前での浮上は最大の屈辱であろう。

輸送艦でありながらこれほど好戦的で敵の行動心理を読み解き、我々も理解できないような戦法で叩きのめす。そして艦本来の能力やアドバンテージを無視し、その才能で敵を沈める。


『アダム艦長は奇人だ。』


輸送艦コニロンの副艦長を務めるルイド2尉は誰にも知れないよう心からそう確信した。




 無事に、とは言えないが大きな損害もなく、輸送艦コニロンは目的地である本国の排他的経済水域に進入した。侵入から1時間が経った頃には、アラビカ級駆逐艦ケントが接近し、無線を送ってきた。


「こちら海軍駆逐艦ケント、貴艦の艦名および目的を述べよ」

「こちら同海軍輸送艦コニロン、ブルー郡ロッド軍港への入港を求めたい」

無線員が受話器を通して既定の手続きを行い、会話の途中から艦内スピーカーに無線をつなげた。

「「―入港情報を確認した。貴艦を目的地まで護衛する。おかえりコニロン」」

コニロン艦内では至る所で歓声と安堵の声が聞こえ、艦長もどこか一息ついた様子だった。



 それからしばらくして駆逐艦ケントに連れられ、目的地であるブルー郡ロッド軍港へ入港した。出航した第一橋頭保の即席港とは違い、コンクリートでできた港の周りには、緑色のクレーンがそびえ立っていた。

 その周囲には、赤茶色の煉瓦でできた倉庫や、灰色の軍艦が数隻停泊しており、戦場にはない彩りであふれていた。我々はタグボートに押されながら、軍の荷下ろし場へと滑り込んだ。





*いつもご覧いただきありがとうございます。

12話以降の構想を考えるため、思想の海へ2週間ほど潜航させていただきます。

(恐らく2/24まで?)

また、新しい小説も近日中に公開予定ですので、そちらも気にかけていただければ幸いです。

今後とも何卒よろしくお願いいたします。

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命を紡ぐ遺書 下崎涼人 @zaki_ryo

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