第10話 舞踏家とチェス指し
―遡ること約1時間前 ―
潜望鏡あげろ。
潜水艦デルスカの副艦長アンドリューは潜望鏡とワルツを踊るかのように、周囲を見渡していた。
「新型艦を沈めたやつらを捉えました。」
「よし。代われ。」
そう言って潜望鏡と次のワルツを踊ったビルキス艦長の目にはどこか悲壮感があった。
「ソーナーから音紋は確認できていたが、やはり輸送艦だったか。」
ビルキス艦長はワルツを終えると、潜望鏡を下げ水測兵につげた。
「今ので敵輸送艦の正確な距離はつかめたな?」
水測兵はうなずくと、艦長は水雷兵に命令した。
「よし、魚雷戦用意。水雷長、敵は現在我々の右舷前方に位置する。敵艦が右舷に避けた場合の未来針路に放射線状に魚雷を4発撃ち込め。確実にな。」
水雷兵はイエッサーと答えると、データをパネルに打ち込み魚雷を発射した。
「艦長。お言葉ですが、どうして敵の右舷に攻撃を集中させるのですか?」
「アンドリューよ、君は先ほどの潜望鏡で何を見たのだ?」
アンドリューは、見えたものをそのまま艦長に言ったが、それは彼の求めていた答えではなかった。
「あの輸送艦は左舷に魚雷や対空兵器を積んで、貨物は右側に集中させていた。
だから輸送艦は魚雷が来たら、ダメージを抑えるために、誘爆しにくい貨物を積んだ右側をさらして、左側は隠すように航行する。だから右に攻撃を集中させたのだ。」
「短時間でそこまで観察していたとは。さすがです艦長。」
副艦長は尊敬する顔で艦長を見つめたが、とうの艦長はどこか不安げだった。
「だが、油断するな。敵は輸送艦でありながらセルジオを仕留めたのだ。この考えを読んで、あえて左へ転針するかもな。そうなったら、長い戦いになるぞ。」
「艦長!敵が転針します!」
水測兵がそう告げると、アンドリューは食いつくように聞き返した。
「どっちだ?どっちに転針した?」
「敵輸送艦は左へ大きく転針し、我が方の魚雷をかわしました!」
この報告を聞いた時、本来であるならば悔しさと羞恥にかられるであろうと予想していたが、それに反して不気味に微笑む艦長の顔をアンドリューは見逃さなかった。
さきほど沸き立たせた海兵達とは反比例するかのように、艦内マイクを置いた艦長は一人冷静であった。
まるで、艦長のいる空間のみ音が遮断され、プロのチェス指しが次の一手を吟味しているようだった。
「操舵員、ジグザグ航行やめ。機関最大戦速!」
沈黙からの開口一言目にCIC中の誰もが自分の耳を疑った。
「艦長、失礼ですが今何と?」
「操舵員、聞こえなかったのか? ジグザグ航行やめ。機関最大戦速。」
艦長はムッとした表情で号令を復唱した。
指示を受けた操舵員はルイドに目を合わせ、助けを求めた。
「艦長、一体どういうおつもりで?」
「貴様らさっきまでの威勢はどうした!この船を沈めたくなければ10秒で行動しろ!」
艦長の声は、困惑したCIC内を一喝させ乗組員達は雷に打たれたかのように手を動かし出した。
「砲雷長、二度は言わんからよく聞け。CIWSを手動操作(マニュアル)で起動しろ。」謎は深まるばかりであった。
CIWSはほぼ全ての近代艦に搭載される兵装であり、自艦に迫るミサイルや航空機などをレーダーシステムで捉え、バルカン砲で迎撃するものだ。このCIWSの強みは、毎秒数千発にも及ぶ高い発射レートとレーダーシステムによる神業ともいえる精密射撃である。この強みを艦長はわざわざ捨て、あえて人力で目標を狙うというのだ。
「案ずるな、これが現戦況での最善手だ。」
副艦長の不安を見透かしたように、艦長は周囲にはギリギリ聞こえない声でつぶやいた。
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