第9話 海中のパレード
我々が敵潜水艦を沈めてから丸2日、乗組員達によるアダム艦長を祭り立てる戦勝ムードも落ち着き、日々の業務に明け暮れていた。
艦内の生活は陸上のそれとは大きく異なる。生活水の制限や情報手段の少なさ、広大な海での生活で曜日感覚を失わないようにするための日々の工夫など様々である。
しかし海兵に限らず、1人の兵士として「慣れ」というものには酷く注意しなければならない。慣れというものは判断力や瞬発力を鈍らせ、常に臨戦態勢を整えていなければならない兵士にとっては命取りである。
「副艦長、我が艦の兵装残数を報告してくれ。」
「はい。少々お待ちを。」
「ルイド何か考え事か?」
艦橋の艦長席に腰を掛けるアダム艦長は、私のことを副艦長とルイドの2つの呼称で呼び分ける。先任伍長曰く、アダム艦長は信頼をおく部下と私情の話をする時は名前を呼ぶそうだ。
「いえ、この前の潜水艦の攻撃から2日経ちましたが、少し穏やかすぎませんか?」
「かもな。だからこそ我々は常に警戒を怠ってはならないのだ。残弾を、、」
「「敵潜望鏡発見!!」」
打合せでもしていたかのように、断末魔のような叫びが艦内放送で伝わってきた。
「これで穏やかじゃなくなったな。」
そんなことを言っている場合か、と艦長の言葉であるにもかかわらず、ため息が出てしまった。
「水測員、敵潜水艦の情報を」
CICにたどり着いた艦長がそう聞くと水測員は、敵潜は1隻であること、左舷後方に距離約1kmの位置にあることを伝えた。
「恐らくこの前の増援でしょうね。」
「そうだな副艦長。しかしこの前の敵よりは厄介かもしれんな。」
私はその理由を尋ねたが、艦長は見てれば分かるとしか言わず、号令をかけた。
「操舵員、取り舵いっぱい!」
取り舵いっぱい、と復唱すると舵を大きく左へ回した。
「艦長、なぜ魚雷がまだ来てないのに、いきなり取り舵なんかとるんです?」
「ルイド、では逆に聞こう。あの潜水艦はレーダーが発達するこの現在に、なぜ潜望鏡なんか出していると思う?」
私は思考を巡らせたが答えは出てこなく、艦長にお手上げだと合図した。
「君の副艦長としての職務には十分満足しているが、まだまだのようだな。レーダーやソーナーはあくまでも大まかな位置を割り出すためのものだ。
しかし潜望鏡を出すということは、肉眼でわざわざ艦の特徴や正確な距離を確認する。そしてそんな状況に迫られるということは、レーダー類が機能しないオンボロ艦に運悪く乗ってしまったか、恐らくは、、」
艦長は早口に説明した後に一呼吸しっかりと溜め、こう冷ややかに言い放った。
「仲間を殺され躍起になった奴らが死に物狂いで我々を殺そうとしているかだ。」
艦長を見つめる私の目線は、まるで猛禽類に囲まれたネズミの様に捉えられ、手すりをつかんでいた手からは脂汗がにじみ出た。
「左舷後方より魚雷!おそらく4,5発!我が方の右舷を通り過ぎます。」
艦長が潜望鏡を見つけたとほぼ同時に舵を左に切ったことで、敵の魚雷は明後日の方向へ向かい、我々の寿命はまた少しながくなった。
「各員戦闘配置!操舵員、ジグザグ航行をとれ!!」
艦長自らマイクに向かって指示すると照明は再び赤く染まることとなった。
ジグザグ航行を始めて1時間が過ぎようとしたところか、海面は左右に動く我が艦のスクリューにより攪拌され、白波が辺りを覆った。
海面ではまだこれだけで済んでいるが、海中では攪拌された波が渦を巻き、スクリューの不規則な回転音や泡音が周囲から聞こえてくるという、潜水艦や海中生物にとっては海中のパレードだった。
「艦長、敵の目は欺けていますが、通常の4分の1程度しか進めず、このままではジリ貧になります。」
ルイドはそう不安げなまなざしで伝えてきた。
「恐らく敵もそう思っているだろうな。だが今回の敵はかたき討ちで必死な割にはなかなか冷静だ。」
「確かにですね、艦長。私が敵だったら、音が聞こえなくてもある程度は位置が読めるので、放射線状に魚雷を打ち込みます。」
「そうだ。しかし、最初の攻撃以降、魚雷を撃たずにいる。おそらくあの攻撃に自信があったのか、あれだけの魚雷をかわされたことで警戒しているのだろう。
敵は攻撃を仕掛けるときには出し惜しみせずに一気にしかけ、そうでない時にはじっくりと息を潜めている。おそらく今まで相手にしてきた血気盛んな青年艦長達ではなく、ある程度経験を積んだ『待て』のできる人間だろう。」
『開戦当初、敵味方多くの歴戦艦長らが散っていったはずだが、まだこんな趣のある戦い方ができる海兵が敵にもいたのか』、私は伸びかけた顎髭を擦りながら死んだ戦友を思い出した。
「ルイド、聞き忘れていたがこちらの兵装残数は?」
「はい、魚雷残り13発、デコイ5発、CIWS全弾、チャフ・フレアもあります。」
よろしい、艦長は満足げに兵装を再確認すると、艦内マイクを取って号令をかけた。
「諸君、今回の敵はこれまでのお粗末な奴らとは違い、ある程度の戦績を積んでいる。それに加え、味方を殺され復讐心に燃えているだろう。
しかし、我々はこれまでに輸送艦でありながら多くの敵を沈め、何万ガロンもの燃料で海を染めてきた。そんな我々を相手にしてしまったことを敵に後悔させ、海底の世界へ送ってやろうではないか!!」
乗組員の鼓舞する声が廊下や使っていないはずの伝令管から響き、CIC内も沸き立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます