第8話 潜水艦の耳

 敵潜水艦感知から1時間後。1人の水測兵が声を上げた。

「目標、速度を下げレーダーからロストしました。」

「よし、副艦長。戦闘配置を」

「イエッサー。」

ルイドはCIC内のマイクの設定を艦内全域に切り替えると、号令をかけた。

「総員、対潜戦闘よーい!」


艦内の照明は青白いLEDから赤色灯に切り替わり、辺りは薄暗くなった。レーダーやソーナーを映しだすディスプレイが水兵の顔をぼんやりと照らした。


「しかし艦長。相手は未知の新型潜水艦。こちらは輸送艦ですよ?一体どうするつもりです?」

「まずは敵の耳を潰そう。水測兵、敵は恐らくこちらを練習用の的と考えている。魚雷発射のために向こうは耳を澄ませているだろう。敵の後退が終わったら今から渡すCDをソーナーにつないで爆音で流せ。」

艦長は水測兵へ別クルーを通じてCDを受け取らせた。

「水雷長、魚雷戦用意。CDの1フレーズの終わりと同時に我が方真後ろへ魚雷発射。」


「艦長、敵は後方にてアイドリング状態です。」

「よし、ミュージックスタート」


殺し合いの場とは思えない、艦長の言葉にCIC内の水兵達は困惑を隠しきれなかった。

水測兵がCDをレコーダーに入れて再生ボタンを押すと、モーツアルトの「アイネクライネナハトムジーク」が流れだした。

「水測兵、このことは司令部には言わないように。ソーナーが痛むからな。よし水雷長、魚雷発射用意!」

水雷長は発射ボタンについてある誤射防止のプラスチック製カバーを外すと、発射ボタンに指を重ねた。



「敵輸送艦の様子はどうだ?」

最新鋭の潜水艦を任された艦長セルジオ1軍士官は、獲物を手中に収めようとするライオンの様に目をギラギラさせて副艦長に尋ねた。

「先ほどから変わらず、針路、速度ともにそのままです。」

「よろしい、最高のターゲットだ。これで戦果をあげれば、軍令部も我が艦を精鋭部隊に迎え入れてくれるだろう。先生にもようやく恩返しができそうだ。」

戦闘指揮所にいる水兵達はニヤニヤとわらいながら、艦長の声に賛同した。

「操舵兵、速度を徐々にダウンしろ。そのあと、魚雷安全距離を十分にとって、魚雷発射だ。敵には同情しかねないがね。」

操舵兵はスロットルを第一戦速にセットすると、出力は徐々に低下していった。

「セルジオ艦長、まもなく魚雷安全距離に到達します。」


 セルジオは部下に魚雷発射を命じようとした時、前方から爆音のオーケストラが聞こえてきた。

 その瞬間、ヘッドセットをしていた水測兵がヘッドセットをかなぐり捨て、耳を抑えながら叫んだ。


「衛生兵!」

モルク副艦長は伝令管ですぐに衛生兵を呼びつけ、耳を抑える水兵をなだめ、手を握ってやった。


 水測兵は潜水艦の耳。水中から聞こえる音を増幅させ、それを集中しながら遮音性の高いヘッドセットで四六時中聞いている。

 ただでさえこの戦闘指揮所内でうるさく感じられるこの狂気じみたオーケストラの演奏は、彼にとっては耳の中で爆弾が爆発したものと同義である。相手は的確に潜水艦の耳を潰しに来たのだ。


モルクは艦長の方を振り向くと、彼もまた同じように推理したらしい。


セルジオは恐怖にかられた。

手汗が吹き出し、今までの高揚感はどこかかなたへ消えてしまった。


『こんなに恐ろしく、大胆じみたことをできる人間が相手なのか?やつは戦闘狂なのか??』


いかん、このままでは敵の策略通りだ。

セルジオは唇から血が出るほど歯を食いしばり、冷静を保とうとした。


俺が敵であれば、この行動の真意は何だ?

セルジオは一つの答えにたどり着き、一気に顔は青ざめた。


「操舵兵!バックだ!!後退!最大船速で後退だ!!」

戸惑う操舵兵に我慢ならず、セルジオは自らスロットルを振り下げた。




 ヴァイオリンの独奏が終わると、アダムは冷たく、どこか深くに高揚感を感じられる声で発射を命じた。

発射から数秒後、後方からけたたましい轟音と共に2mは優に超える水柱が立ち上がり、燃料や潜水艦の破片などが浮き上がってきた。

戦果を目視で確認する為、艦長と共にルイドは後方甲板まで上がった。

溺愛する孫と接するような笑顔のアダムを見ながら、私はあの潜水艦の艦長に少しばかりの同情をした。


軍学校で学んだ戦闘戦術などお構いなし、遊戯とも巧妙な戦術とも捉えられるやり口でこれほどの戦力差を抱えながら彼ら敵水兵達を葬ったのだ。



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