八重と友達そのに

 一度大和さんとのデートを話しきってすっきりして、そのあとは大学のこととかこのケーキが美味しいとかそんなことを話してあっという間にケーキを食べきってしまった。もちろん飲み物も飲み干してしまった私たちは、お店にいる理由もなくなりすぐにお店を出ることにする。

 「次どこ行く? 帰る?」

 「どうしようかな」

 腕時計を見れば時間は夕方と言うにはまだ早い時刻だった。帰ってもやることないし、でもカフェの梯子はお財布的に……。

 「え、八重?」

 腕を組んで悩んでいると、後ろから名前を呼ばれた。この声は、と思い振り返ると、そこにはスーツを着た大和さんがいた。

 「大和さん!」

 大和さんの会社からも離れているこんな場所で大和さんに会えたことが嬉しくて、私は彼のもとへと駆け寄ってしまった。スーツ姿の大和さんも素敵……。あまりスーツを着ている大和さんを見たことがない私は、うっとりと彼を見てしまう。

 「奇遇だな」

 「この前デートで行ったカフェに、友達と来てたんです」

 ついデートって言っちゃったけど、大和さんは不快になってないだろうか……。

 大和さんの様子を伺うためにじっと見ていると、大和さんが私へと優しい笑みを向けてくれた。大和さんの素敵な笑顔に、私は胸が苦しくなる。また一緒に行きたいって言ったら、迷惑かな? あーんはできなくても、一口もらうっていうことを恥ずかしいけどやっぱりしてみたい。恋人なら、それぐらいしたいって思ってもいいよね? でも大和さんはお店に入りづらそうにしてたし、そんなわがままは言えない。危うく大和さんを困らせてしまうところだった。

 私、やっぱりだめだめだなぁ。こんなんじゃ大和さんに愛想をつかされちゃう。もし別れ話を切り出されたどうしよう。マイナスなことばかりぐるぐる考えていると、大和さんが「そうか」と言った。

 「八重が気に入ってくれて嬉しいよ。なら、また行こう」

 「ひゃ」

 その発言で、顔中に熱が集まっていくのを感じた。どうしよう、嬉しすぎる! これってまたデートしてくれるってことだよね? 次があるってことだよね? 大和さんって本当になんて優しいんだろう。ああ、私今絶対に顔がすごいことになってる!

 「先輩、その子が噂の姪っ子さんですか?」

 「げ」

 頬に手を当てて緩むのを押さえていると、大和さんの後ろから男の人が現れた。すると大和さんは男の人を見て、眉を潜めて嫌そうな顔をした。

 「へ?」

 突然のことに、私は間抜けな声を出して思考を一瞬停止してしまった。

 「めちゃくちゃ美人じゃないですか! あ、今ってこういうのもセクハラに当たるんでしたっけ」

 「いや、おい、ちが」

 「めい……」

 めい、つまり姪。そんなに私、子供っぽく見えてるのかな……。そう考えると緩んでいた頬が一気に固くなっていく。大和さんとお似合いって言われたくて慣れないメイクもファッションも頑張ってたけど、それが逆に子供に見えてるのかも……。

 「いつも大和先輩から話きいてるよ! 勉強頑張れよ~」

 「え、えと……あの……」

 「大学受験はキツいけど、自分の将来を左右するから諦めるんじゃないぞ!」

 「その……あの……」

 姪じゃなくて恋人です! と否定したいのに、私は男の人の勢いに押されて「えっと」とか「あの」とかしか言えないでいた。大和さんの姪さんを気にかけてくれているいい人なのが、余計に否定しづらくなっている。どうしたらいいのかわからなくて、私はじんわり涙が出てきた。そもそもに大和さんが私のことを恋人だと思ってくれてなかったらどうしよう、そうだとしたら自分は大和さんの恋人だなんて迷惑になってしまう、とそんなことまで考え出してしまった。

 「先輩、ああ見えて数字に強いから数学とかおしえ――」

 「恋人だ、恋人!」

 すると大和さんが男の人の話を遮り、大きな声でそう言った。恋人、今度はその単語に思考が停止する。大和さんは私のこと、恋人と思ってくれていたんだ。

 「え?」

 大和さんの言葉に嬉しくて感動していると、男の人が目を丸くして驚いた。そして大和さんと私を、信じられないような目で交互に見る。うう……やっぱり恋人って思われてない。私は男の人の行動を見て思う。だって、私たちが恋人同士だとわかると、皆この行動をするからだ。

 「会社戻るぞ!」

 「えっ、え? 先輩ちょっと待ってください! 恋人ってどういうことですか! えっ、あの子何歳?!」

 大和さんが男の人の腕を掴み、引きずるように歩き出そうとした。手を振って二人を見送ろうとしたところ、大和さんがこちらへと振り返った。

 「じゃあな、八重」

「はい。偶然でも会えて嬉しかったです」

 偶然じゃなくて運命とかなら、もっと嬉しいけれど。

 「そうか……。夜に、その、連絡する」

 すると大和さんが視線をさ迷わせたあと、ぼそりと雑踏に消えてしまいそうなほどに小さな声で言った。大和さんから……夜に連絡……。それって「おやすみなさい」が言えるのかな? 想像したらすごく恋人みたいで、私はまた顔に熱が集まった。

 「行くぞ、坂本」

 「先輩、待ってくださいよ。まじで、ちょっ……説明ください!」

 「大和さん、さようなら」

 幸せな気持ちで、今度こそ私は二人を見送る。いいなぁ、大和さんと仲が良くて。先輩って言ってたし、会社の後輩さんなんだ。私も大和さんの会社で働きたいな、大和さんのことを先輩って読んでみたい、と考える。

 「や、八重……」

 後ろから四季の声が聞こえて、私は四季のことをすっかり忘れていたことに気付く。私は勢いよく四季のもとへと戻り、頭を下げて「ごめん!」と謝った。絶対に怒ってるよね、友達より恋人を優先する薄情ものって思ってるかも。でも大和さんを優先しちゃったのは事実だし……弁明のしようがない。

 「ねえ、あんたの彼氏」

 顔を上げると、四季は目を見開いて口を大きく開けていた。

 「くっそおっさんじゃん! え、ちょっと待ってぇ?! あっちのおっさん、おっさんが彼氏なの?!」

 「おっさん?!」

 そして四季が息をスウッと吸い込んでから言った。私は四季の失礼な発言に、つい大きな声を出してしまった。確かに大和さんは私より年上だけど、なんてこと言うの?! 大和さんは優しくて、かっこよくて、穏やかな人で、私のわがままを笑って許してくれて、とにかく素敵な人だもん! おっさんとかじゃないもん!

 「いやっ、は、え? 絶対に体目的だから。別れよ? 酷いことされる前に、今、すぐ、別れたほうがいいって!」

 体が目的って、だからなんでそんなこと言うの?!

 「まだしてないよね? なら間に合うから、まじで、別れよ?」

 「してっ……」

 してるとかしてないとか、つまりそういう話だよね。私だって子供じゃないし、何を言ってるのかなんとなくでもわかるんだから。

「して……ない、けど……。四季、ここ外だから。せめてどこかお店入らせて……」

 このままだと外で延々と話をすることになると思い、四季の手を引いて場所を移動しようとした。

 「キスは?! まだそこまでもいってないよね?! してたらぶん殴ってやる、あのおっさん!」

 「お願いだからもう許してぇ……」

 道行く人の突き刺さるような視線に耐えきれず、私は半泣きでそう言うことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君はこの世のプルケリマ しろた @shirotasun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ