八重と友達そのいち
今週は大和さんに会えない。それだけで私の一週間はつらいものになる。
本日最後の講義が終わり、楽しそうに会話しながら学生が教室から出ていく。私も今日はバイトはないし、レポートもない。なので家に帰ってごろごろするだけなのに、気持ちは憂鬱だった。
「はぁ……」
憂鬱のあまり、場の雰囲気にそぐわないため息を吐いてしまった。どうせ誰にも聞かれてないだろうし、そういうのを気にする必要なんてない。会いたいな……でも大和さんは社会人で忙しいし、毎週末会いたいなんてわがままは言えないよね。そもそも大和さんは会いたくないかもしれないし……。
「……」
どうしよう、マイナスなことを考えていたら涙が出てきた。私は涙がこぼれる前に指先でぬぐい、参考書や筆箱をリュックサックへしまう。家にすぐ帰ろうと思ってたけど、現実逃避がしたい。前に大和さんと行って楽しかったカフェに寄って帰ろう。ケーキ、二個とかやけ食いしてみようかな。
「そこの美人さーん、今暇してる~? お茶しな~い?」
スマホを使ってカフェの場所を検索していると、後ろから声をかけられた。この声は……! 嬉しくなって勢いよく振り返ると、大学で一番仲のいい友達である四季が立っていた。
「うん、暇! ねぇねぇ、カフェ行かない?」
せっかくだし四季と行きたいなって思って、四季を誘ってみる。
「オッケー」
すると四季は嫌な顔をすることなくオーケーしてくれた。
「へぇ、八重がこんなシャレオツな店知ってるとか意外なんだけど」
記憶とスマホを頼りにしてたどり着いたカフェの前に立ち、四季が言う。彼女は私がそういうもの疎いことを知っていたので、外観を見てすぐに自力でみつけたのかを疑われた。
「そ、そうかな~。私だって女子大生だよ~?」
ごめんなさい、ここのカフェは大和さんがみつけてきてくれたカフェです。
とてもじゃないが恋人の話を出すことが恥ずかしくて、本当のことは言えずに私は曖昧に笑って誤魔化そうとした。
「さては例の年上彼氏だな?」
「なんでわかるのぉ?!」
しかしさすが友達と言うべきか、四季は間髪入れずに私がこのカフェを知っている理由を見抜いた。道端だというのに私は大きな声を出して驚いてしまった。
「むしろなんでわからないと思ったの」
「だってそんなすぐに大和さんに結び付くだなんて思わないよ……」
私と四季の立場が逆としたとき、私なら絶対に気付かない自信がある。まず四季は私と違って色んなお店を知っているからこういうことにすらならないけれど……。
「八重の彼氏、結構いい趣味してんじゃん」
四季がお店のドアの前に置かれているメニューを見ながら言う。
「えへへ、ありがとう」
大和さんが褒められたことが嬉しくて、私が褒められたわけではないのに嬉しくなる。今度大和さんに会えたときに、この話を大和さんにしようかな。今度会えるときに話す話題が増えて嬉しい。
「ここね、大和さんが探してくれたお店でね――」
嬉しくってつい大和さんとの思い出を話そうとしたら、四季が手のひらをこちらに向けた。思わず私は口を閉じてしまった。すると四季は親指と人差し指で輪を作り、
「それ以上は有料で~す」
と言った。
「じゃあケーキ一個おごる!」
「そうまでして惚気たいのかよ」
「だって話せる相手が四季しかいないだもん……」
私が大和さんとお付き合いしていることは、親にも四季以外の友達にも言っていない。だって、恥ずかしいんだもの。でも四季にはずっと、大和さんと付き合えるようになる前から色々相談に乗ってもらっていたので、今もきがねなく大和さんの話をできる大切な友達だ。
「それじゃあ奢ってもらうために中に入りますかっと」
「なるべく安いのにしてね」
「善処しまーす」
四季と軽口を叩きながらお店の中に入れば、前に大和さんの行ったときはすごく混んでいたのに、今日のお店は空いていた。店員さんに人数を聞かれて「二人」と答えれば、すぐに席へと案内された。
「モンブランかな……」
四季がメニュー本を見ながら呟いた。ちょっと待って、モンブランって普通に高いメニューだよね?! 私は急いでメニュー本を広げてモンブランが載っているページに辿り着く。そして値段を見れば、案の定お店で一番高いケーキだった。
「一番高いの選ぶって酷くない?! 私お水しか飲めなくなるんだけど!」
「ごめんごめん。このオペラケーキね」
私が四季にそう言うと、四季は笑ってモンブランの隣にあるオペラケーキを選んだ。値段は……うん、高くもなく安くもなく……。これなら私も何かしらケーキを食べられる。
「八重はどうすんの?」
「私はベイクドチーズケーキかな」
この前大和さんが食べてて、私も食べてみたかったんだよね。大和さんはほしいなら一口食べていいぞって言ってくれたけど、大和さんのぶんを食べてしまうのが申し訳なくてそれができなかった。だから今日はこれを食べるって決めてたんだ。
「じゃあそれも食べよ」
「二個はだめだよ? 奢るのは一個だけって言ったでしょ」
「これは自分でお金払うって。
あ、店員さ~ん」
あっけらかんと笑い、店員さんを呼ぶ四季にそういうことならいいけど……となる。でも最後のお会計のときに気を付けないと!
四季と他愛ない話をしていると、注文したケーキと飲み物はすぐにきた。
「それで、このお店のことなんだけどね」
「あ、まじで惚気聞かされるんだ」
そして運ばれてきた三個のケーキのうち、オペラケーキに四季がフォークを刺した瞬間に私はすかさず先程中断された話を再開する。
「大和さんが女の子に人気のカフェを探してくれてみつけたお店でね、この前のデートで行ったんだ。お店を見たときに入りづらそうにしてたのに、私が気になるって言ったら入ってくれたの。その時、大和さんはベイクドチーズケーキにしててね、私に一口食べていいよって言ってくれたの。でも恥ずかしくってそんなことできなくて……。だから今日ベイクドチーズケーキにしたの! この前はフルーツタルト食べてて、大和さんにあーんとかしてみたかったんだけどでもやっぱり恥ずかしくて――」
四季は黙々とケーキを食べているので本当に私の話を聞いてくれてるのかわからないが、喋り出すと止まらなかった。
「また一緒に行きたいなぁ……」
一通り喋り終えて、私はそんな願望で話を終わらせる。すると四季がケーキを食べる手を止めて、顔を上げた。
「あいかわらずいちゃいちゃしてて安心したわ。さすがに友達が変な男に騙されてるとか嫌だからね」
「あ、話聞いててくれたんだ」
疑ってごめん。友達を疑っちゃうなんて、私ってば最低だ。でもいちゃいちゃって言われると恥ずかしいな。もしかしたら大和さんは嫌だったかもしれない。浮かれてあーんとかしないでよかった。
「聞いてないけど? 適当に言っただけ」
色々なことに反省していると、四季がなんてこともないようにそう言った。
ちょっと、やっぱり話聞いてくれてないじゃない!
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