第5話『相部屋なのに一人なことあるんですね』
「ハイネって言うのか、お前」
「あ、はい。そうですけど」
帰り道。ボクが隣の席だという事実を告げられたキシガミくんはサンドイッチをぺろりと平らげながらそんなことを聞いてくる。
「ホントに覚えてないんですか。ボク隣の席なんですけど」
「知らん。覚えてない」
「えーー……」
ちなみに、そのサンドイッチはボクが朝食として食べる予定だったもので。比較的少食なボクはこれしか手持ちがなく、誰かにあげてしまえば当然ボクの食べる分はなくなってしまう。いくら少食といえど何も食べないのはさすがにしんどいのですが、これも自分が助かるための犠牲と思えば致し方ありません。
「ボク、キシガミくんに睨まれた気がするんですけど」
まぁメンチ切った相手のことなんて覚えてないもなのかもしれないけど。
「朝は連れ戻されて機嫌が悪かったからな。スマン」
「い、いえ。別に謝らなくてもっ! ボクが勝手に勘違いしただけですから……」
案外素直謝られて思わずこっちが驚いてしまう。
あれ? 意外といい人なのでは?
いやいや。こうやって油断させるのが奴らの手口。危うく騙されるところだった。
ボクは心の額を拭って話題を切り替える。
「そ、そういえばキシガミくんのお部屋はどこなんですか?」
というのも、今ボクたちが向かっているのが全生徒が暮らす学生寮だからである。
朝に引き続き、さらにボロボロとなったキシガミくんにボクが着替えを提案したのだ。どうしてこうなったのかはわからないが、いくらなんでも傷だらけ汚れだらけの彼をこのまま放ってはおくことはできなかった。
「部屋か。いや、知らないな。聞いていない。昨日は医務室に閉じ込められていたからな」
「閉じ込……」
不穏なワードが聞こえた気がしたが、スルーしよう。
「え、えっとじゃあ、寮長さんにでも聞いてみましょう。すぐにわかるはずですから」
「お前はどこなんだ?」
「ボクですか? ボクはねえ、なんと角部屋なんですよ。それも、他の皆さんは相部屋なのに、ボクだけなぜか一人なんです。ちょっと得した気分です」
ふふんと、別に自分が努力したことでもないのにボクは自慢気に話す。友達がいないせいで誰にも話せていなかったので、ここぞとばかりに出てしまった。
「そうか。気楽で良さそうだな」
「はい。キシガミくんと近くだともっといいですね」
にっこりと、ボクはテンションに浮かされて心にもないことを言ってしまう。
「なんとなく、そんな気はしてました」
五分後。たったの五分で人のテンションとはかくも落ちてしまうのだと、ボクは身をもって痛感していた。
「いい部屋だ」
さきほど自慢気に語っていた寮の自室には、どういうわけかキシガミくんの姿もここにあった。
無論、遊びに来たわけではない。
お気付きの方もいるだろう。要は、ここはボク一人だけの部屋だったわけではなく、昨日の時点でまだ同室の人間が来ていなかっただけなのである。
早い話、ボクの同居人はキシガミくんなのである。
サラバ、ボクの一人部屋生活。こんにちは、まだ見ぬ非日常。
そういえば。
「……キシガミくんの荷物が届いていないみたいですが」
ボクは消沈した声で告げる。部屋には昨日届いていたボクの荷物以外何も届いてない。だからこそ、ボクはこの部屋がボク一人なのだと勘違いしていた理由なのだが。
「ああ、荷物か。ない」
「ない?」
意味がわからず聞き返す。
「ああ。俺の荷物はこれだけだ」
と、キシガミくんは先ほどから肩にかけていた簡素なボンサックと背中に背負う大剣を指差す。
「こ、これだけですか? これから三年間も
「もともと物はあまり持たない性分だ。足りなければその都度調達すればいい」
「た、確かにそうかもしれませんけど……」
驚いた。その都度調達。それはそうかもしれないが、それでも使い慣れた物は思い入れのある物はあるだろう。ボクなんて、ここへ来るのに自分の部屋ごと持ってきたかったほどだというのに。
この人に会ってから何度驚かされているのかわからないが、この人とは生き方からしてボクと違うらしい。
「ひとまず、風呂にでも入るか」
「え?」
ボクが驚きに呆けていると、キシガミくんはまた何かを言い出す。
「お前が言ったことだろう。シャワーくらい浴びた方がいいって。それとも、何か問題でもあったか?」
確かにそうだ。寮に戻ってシャワーを浴びるべきだと。
だが今は状況が一変してしまった。キシガミくんが使おうとしているシャワーとは、ボクも使う浴室にあるもので。それはつまり、キシガミくんは今からこの部屋で服を脱────、
「い、いえ……そんなことは……。あーー……、ボクちょっと外に出てますね」
ボクはそう言って出口へと向かう。
「? なぜだ。すぐに出るぞ」
「い、いえ。それでも、ですね。その、何て言いますか……」
「……ふん。変わったやつだな、お前は」
ああああ、それはボクのセリフなのにっ。ボクが言いたいことなのに今のボクは否定できないっ……。
「わ、わかりました。出てはいきません。で、ですから、ゆっくりとどうぞ」
ボクはなんとなく視線をキシガミくんから逸らして入浴を促す。
「……? ああ、わかった。入ってくる」
……ふう。なんと言いますか、これからが思いやられま──、
「お前も一緒に入るか?」
「入りません!!」
ホント、前途多難とはこのことです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます