第2話『勇者の理由』


『なぁユーシャ。勇者ってのは、魔王を倒すから勇者じゃあないんだ。魔王や魔女、悪いやつからお姫さまを助けてやれるやつが勇者と呼ばれるんだ。もしお前が勇者に憧れるならそんな、お前のお姫さまを助けてやれる勇者になるんだ』




「それが顔も覚えていない親父の、俺が覚えてる唯一の言葉だ」



 ユーシャは知らずうちに開いてた掌を見つめる。

 まるであの時聞いた言葉がそこにあるかのように。あの時見ていたはずの父の大きな掌に近づいたかもしれない自分の手を見て、勇者は自らのきっかけを思い出す。


 勇者としての──、きっかけを。



「だから、俺は──


「ハハ……、ハーーーーーーーーッハッハッハッハ!!」



 だからこそ、自分の言葉を遮って響いた声が笑い声なのだと、一瞬気付くことができなかった。



「そ、それで……そんな理由で我を……『魔王』を助けると……っ」



 魔王は本気で笑っているのか、体をくつくつと小刻みに震わせている。



「マロン……、コイツはいかんぞ……。幾度と勇者共に命を狙われた我だが、ついにこの永き命を終える時やもしれん……っ。こ、此奴は我を……笑い殺す気だぞ……っ」


「俺は本気だ、魔王。俺はお前を本気でここから──


「ハーーッハッハ、ヒッ、ヒッ……、やめろ、これ以上我を笑わせてくれるな……っ、ほ、本気で死ぬ……っ、っ……」


 ひっひっ、と。まるでしゃっくりでも我慢しているのかと思うほどに体を痙攣させ、腹を抱え笑いを堪えている。顔を伏せその表情はわからずとも、先まで真っ赤になった両耳からその必死さが窺える。


 これ以上は何を言っても無駄と、笑いが収まるのを待つこと一分ほど。

 ようやく顔を上げた魔王は、目元を拭いながらに口を開く。



「……はーあっ。いやぁ実に笑った。久方ぶりに笑わせてもらったぞ、ヒヨッコ勇者よ。ジジイめ、まさか道化師の育成まで始めたとは思わなんだ。それもなかなか出来が良いと来た。気に入ったぞ。今はちと手持ちが心許ないが、何か褒美を取らそう。何が良い? 我の力で主の望みを叶えてやろう」



 よほど機嫌が良くなったのか、魔王は大層に足を組みそんなことを言ってくる。

 しかしユーシャはさきほどまでと変わらぬ声色で答える。



「……お前との勝負だ、魔王」


「……………………。ふむ、呆れたな。よもや、先の世迷言は事実だとでも言いたいのか?」


「全部事実だ。俺は本気でお前を倒しに来たし、本気でお前を助けに来たんだ。囚われの魔王よ」


「…………はぁ。久方ぶりの余興と期待してみれば、とんだ期待はずれよ」


「────────っぐ!?」



 途端、ユーシャを衝撃が襲う。

 受けたのは頭部左側面。衝撃に押されユーシャの体は一瞬宙を舞い、すぐさま地面へと叩きつけられる。

 そして感じるのは少し冷たい柔肌の感触。その感触の正体を、ユーシャは知っている。


 ユーシャは動かない頭を眼球だけ動かし、見る。

 頭の上そこに立っていたのは、魔王の小さな体。



「これでわかったか、ヒヨッコ勇者よ。貴様のようなヒヨッコでは、文字通り我の足元にも及ばんのだ。我と戦うなど──まして助けるなどと、思い上がりも大概だということをその軽過ぎる頭に刻み込んでおくことだな」


「……っ」



 動けない。今ユーシャを押さえているのは魔王の足一本のみ。特段力を入れているわけでもなく、この少女自身は腕を組み余裕そうに地に伏すユーシャを睥睨している。


 たったそれだけ。ただそれだけだというのにユーシャは立ち上がることできない。上げようとする頭がピクリとも、持ち上がらない……っ。



 体が地面を離れる寸前、確かにユーシャの動体視力は魔王の姿が消失するのを捉えている。


 異常な速さだ。脳がその動きを認識するよりも早く魔王はユーシャを突き飛ばしているのだ。


 その上一回り二回りも違うユーシャを突き飛ばすこの脚力。

 なるほど。魔王とは――魔族とはそも恐ろしいものだ。

 そう冷静に分析する一方で──、



「……まだ」


「ん?」


「まだ……、俺は負けていない……っ」


 ユーシャは立ち上がろうと、ギリギリと上半身に力を込め頭を持ち上げる。

 その勢いに、魔王の足が僅かに持ち上がる。



「ふん」



 だが魔王は鼻息と共にユーシャの体を蹴り上げると、ボレーシュートの要領でユーシャの腹部へ蹴りを叩き込む。

 受け身すら取れぬまま壁へと叩きつけられ、潰れた帰るのように地面へとへばり落ちる。



「これが魔王と人間の決定的な力の差だ。ただの人間に、悪魔は倒せぬというな」


「っ……まだ、俺は……」


「…………」


「ぐ……、っが……、ぅ……、っ…………」



 頭を蹴り、腹を蹴り、喉を蹴り、胸を蹴り、体を蹴る。


 そしてユーシャが顔を上げなくなった頃。



「マロン、外に捨てておけ」


「よろしいのですか?」


「構わん。身の程を知らぬ愚か者など、ゴミも同然なのだ」


「かしこまりました」



 ぺこりと、無機質なメイドは主人へ一礼するとボロ雑巾となったユーシャを運び出し、塔の外へと放り出す。



「出てきたぞぉ、捕えろ!」


「……っ」



 体動かぬユーシャはそのまま、抵抗することすら出来ず複数の手によって視界が覆われていく。



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