77-80(終)


77


(ど、どうじゃ、怖くて目をつぶってしまったが、開けたらもう馬車の真上じゃ。

大成功だ。)

そう思ったとたん、つかまっていた魔法陣の色が薄くなってきた。

そしてパッと消えた。


「うわあー」

わしは空からころげ落ちた。


落ちた所が最悪じゃ、

昨日の雨で、あちこちに水たまりができている。


そこに頭から突っ込んだ。

頭と顔がドロドロになり、目もよく見えない。


「馬車を止めろ!

空から変な女が降ってきたぞ!」


わしはそこに座り込んで叫ぶしか無かった。

「聖女、聖女、ヨハンが死にそうじゃ!」


その時、馬車の窓がさっと開いた。


「護衛のヨハンですか⁉︎」

「魔獣に襲われた、血が止まらん!

聖女助けろ!」

「分かりました。すぐ参ります。」


「聖女様、もう日が暮れます。今から戻られるのは危険です。

どうかこのまま避難をー」

「おだまりなさい!」


「この者を私の馬車の中に、急いで引き返して下さい。」

目の前は真っ暗だった。


情けないことに、わしは気を失ってしまったんじゃ。



78


目が覚めると、教会の救護室だった。


「もう大丈夫ですよ。」

白い宗教服を着た聖女はにっこり笑った。

ヨハンはベッドの上ですやすや眠っている。


(見事なもんじゃなー)


「よかったなー

でもな聖女、礼は言わんぞ。

おまえなんか大っ嫌いだ!」


聖女は戸惑ったように、ちょっと笑った。


「ヨハンは私の護衛の者です。助けるのは当然のこと。

それより早く知らせてくれて、

こちらの方こそ、感謝いたします。」


聖女は頭を下げた。

あたりはザワザワした。


人払いをして、部屋の中にはわしと聖女だけになった。

わしはまだ包帯の上から、ヨハンの傷口をペタペタ触っていた。


「クレアさんとおっしゃいましたね。

私はレティシアと申します。」

聖女は淡々と話し始めた。



78


「私がこの力に目覚めたのは、6歳の時でした。

15歳で正式に聖女になり、3年前にこの国の第二皇子と婚約いたしました。

私を皇室に入れ、この国から出さないためです。


皇子はとても良い方でしたけれど、

そこには皇子の気持ちも、私の気持ちも、

どこにも無かったのです。


大好きな人のために、自分の危険も忘れて、夢中になれる。

そんな恋を私もしてみたかったですわ。」


(ん?)


「ヨハンは私にとっては弟のような存在です。

これからもよろしくお願いしますね。」


(んー?)


聖女はまたにっこりと笑った。



騎士団の連中はアホなので

わしのことを、自分たちが殺そうとした北の魔女だという事に、だーれも気付かなくて安心した。


しかし、空飛ぶカメ女とか、カメ魔女と言ってわしをからかうのには腹が立つ。


こいつら、後でみんなまとめて殺してやろう。



79


あれからヨハンと街に出ることが多くなった。

今日は何と、帝都に来ているんじゃ。


ヨハンがぜひおいでと、ホテルまで予約してくれたからな。

あいつ、わしが迷子にならないかと心配していたが、以前はここに住んでいたんだぞ。


今日は第二皇子と聖女との結婚式だ。


騎士たちからお礼だと言ってプレゼントされた、明るい黄緑色のローブは軽くて着心地がいい。


(刺繍まで入っとる。

ところでヨハンが言っていた、婚礼パレードを見る特等席というのはこのあたりかな?)


広い歩道には、もう沢山の人々がパレードを待っている。


ポンポンポンと祝砲が鳴って、パレードが始まった。


まず音楽隊が歩いてくる。

次に歩兵隊だ。


ワアッという歓声が上がった。


あっ馬車が来た。

ロイヤルウエディングらしい、白い馬6頭が引くピカピカの馬車だ。


聖女が手を振って、周りに愛想撒いとる。

隣の皇子はー

何だ結構イケメンじゃないか、聖女のやつ贅沢だな。


髪は聖女と同じ金髪で、目はヨハンと同じで赤いのか。


あ、そういえばヨハンはどこだ?


その時、キャーッという悲鳴に近い歓声が上がった。


まわりの女どもが、みんな手を振っとるわ。

フン、女たちのお目当ては花形の騎馬隊かい。


おおやって来た。


「ええーっ」


わしは目を疑った。

なんと先頭は、あいつではないか⁉︎


「キャーッ ヨハン様ー!」

「キャーッ ステキー!」


何だバカども。

そう思いながら、白馬に乗ったヨハンを見た。


「か、かっこいいーっ!」

あ、いかん、思わず声に出てしまった。


騎士団の正装をして、長いマントを翻し、

真っ直ぐ前を向くヨハンはかっこ良かった。


ウソじゃ! きっとあの騎士服が立派だから実物よりイケメンに見えるだけじゃ。

そうだ上げ底だ、騙されてはいかん。


ヨハンが白馬に乗って目の前を通り過ぎる。

その時、真っ直ぐに前を向いていた顔をちょっとこちらに向けた。

口の端だけ上げてニッと笑うと、わしにウインクしたんだ。


うわーっ! 反則じゃ!

これでは不意打ちじゃ、ルール違反だぞ!

頭の中が白くなってグルグル回っている。


ひきょう者ー!



80


乗ってきた馬を坂の下の木に繋ぐと、いつものように足速でヨハンは坂道を登ってくる。


「おーい、人間よ、

ここじゃ、ここじゃ

よく見えるのう。」


わしはモミの木のてっぺんにいた。


「どうだ ここまでは登ってこれまい。

魔女の特権じゃ。」


ヨハンは顔を上げてわしの方を見た。


するとシャツの袖をまくり、靴を脱ぎ

なんとスルスル登って来たのだ!


(ま、まずい)

わしはもう少し上の枝に移ろうと思って手を伸ばした。


大きな掌がわしの伸ばした腕を捕まえて、

またもとの枝に戻された。


ヨハンはもう片方の腕で自分を支えると、

クレアをぐいっと引き寄せてその隣りに座った。


足下に見える山裾からは黄金色の波が緩やかにひろがり、

遠くに霞む灰青色の山脈までずっと続いている。


「本当だ、よく見える。

ああ、いい景色だなあ!」




第一章 完

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北の魔女クレア @komugiinu

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