70ー76

70


「おぬし、何でガイコツにペコペコ謝っとるんだ?」


街の中央広場で俺がやらかしたせいで、しばらく街に行けなくなった。

セバスチャンの期待を裏切ってしまったようで申し訳ない。


その日は俺が途中で狩ってきたウサギを3人で焼いて食べた。


「ほう、隣国との戦争ですか、なるほどあり得ますな。」

「はい、だから騎乗で敵兵と戦えるように、師団の仲間たちと仕事を終えた後訓練してるんです。」


俺とセバスチャンは、テオが以前言っていた戦争の話をしていた。


「ところでヨハン様は、戦場で敵兵と決闘でもなさるつもりですかな?」

「え?」


「実際には、まわりに歩兵がいるのです。

そんなモダモダ斬り合いしていたら、槍を持った歩兵がアリのように集まってきて、馬とヨハン様のお尻が穴だらけになりますなぁ。」


「あっ、その通りです。

あなたはいったい...」

「いやぁ、ヨハン様のお話を聞いて、ちょっと気になったから申し上げただけです。

たいしたことではございません。」



71


その日、久々に地方巡礼する聖女様の護衛についた。


実際には聖女様の護衛をする神殿兵の護衛みたいなものだ。

聖女様の移動馬車のまわりを神殿兵たちが守り、そのまわりを俺たちが守る。


「この辺りは時々野生の魔獣が出るからな、

オレ達が駆り出されたのさ。」


その日は雨だった。

馬車はぬかるんだ道を進んだ。


馬車は無事に国境に近い小さな町に着いた。


(ああ、ここはクレアの家にも近いな。)

明日は聖女様が教会でお祈りを捧げる日だというのに、あいにくの雨か。


雨は夕方からさらに激しくなり、風も強くなってきた。


「こんな嵐の中、どうしてオレ達、外で立ちんぼなんだよー

神殿兵たちはみんな建物の中だぜ。」

「神殿兵は神官あがりの者が多いから、体力が続かないのさ。」

「いざという時に役に立つのかねえ。」


俺たちはブツブツ文句を言いながら雨の中、夜通しの番をした。



さいわい次の日は晴れた。

これなら聖女様のお祈りは滞りなくできそうだ。


「さあて、オレ達はお祈りが終わるまで休憩しますか。」

「おいヨハン、どこ行くんだよ。」

テオはニヤニヤ笑っていた。

「夕方までには帰ってくるんだぞ。」



72


クレアはガイコツと一緒に、壊れた家の壁を修繕していた。


「何だおぬし、こんな時間に。」

「仕事で近くまで来ていてな、

おまえん家が昨日の嵐で壊れてるんじゃないかと心配で来てみた。

正解だったな。」


「魔女なのに大工仕事かぁ。」

「魔女さんが魔法で直した壁より、釘で打ちつけた方が丈夫なんですわ。」

「こらガイコツ聞こえてるぞ。」


家の修繕を終えて3人でお茶を飲んでいると、また風が吹いてきた。


「何だ、また嵐が来るのか?」

クレアは遠くを見た。


「違う、これは...前兆だ。

敵兵が来る。

大勢の兵士がやって来るのが見える。」


「何だって⁉︎」

「しっ、静かに。

何か言っておる。」


『聖女を奪え、聖女を奪え』

兵士たちは、口々にそう言っていた。


「こうしちゃいられない、

クレアおまえも来てくれ!」

大急ぎでクレアを後ろに乗せ、馬を飛ばした。


宿舎の前には休憩を終えたテオ達がいた。


「どうした? 何事だ?」

「急げ、敵が来る。

あ、こいつはクレアだ。

魔女だから目だけはいいんだ。」


「町の自衛団に連絡してくれ。町の人たちと聖女様の避難だ。

クレア、敵兵の数は分かるか?」

「歩兵が200くらいに、あと騎馬隊が15じゃ。」

「我々は、自衛団とあわせても100だから、ほぼ倍か。」


「ヨハン、どうしよう。神殿兵たちが避難に反対している。

まだ見張りから何も言ってこないのに魔女の言う事なんか信じられるかって。」


「何で、そうなるんじゃ...」

悔しそうに下を向いたクレアを俺はギュッと抱きしめた。


「大丈夫だ。俺たちは信じているから。」

「そうだ、がんばれ魔女。」

テオがクレアの髪の毛をクシャクシャにした。

こら、触るな!


「いざとなった時、聖女様がすぐに避難できるように馬車の準備だけは整えておけ。

あと町の人の避難には時間がかかるから、今のうちから始めよう。」


神殿兵の1人が駆け寄ってきた。

「お前達、何をやっているんだ!すぐ止めろ!」


「うるさい!

あのな、貴様らさんざん威張り散らしてはいるが、我々は帝国陸軍騎馬隊の者だ!

身分は貴様らより上なんだぞ! 控えろ!」


「おいテオ、俺たちの方が身分が上って本当なのか?」

「さあな、オレも考えた事ない。」



73


「のうヨハン、聖女って年寄りを若返らせることはできるのか?」

「いや、若返りはできないが、老人をやたらと元気にすることはできるぞ。」


「このごろ魔獣が襲って来なかったじゃろう。

あの国では、もう衰え始めた、使いものにならない魔獣がゴロゴロいるのではないか?

聖女の力でそれを復活させてー」


「一挙にこちらに攻め込むつもりか?」


その時、敵兵発見の知らせが届いた。

「よし、なるべく町から離れた所で迎え撃つぞ。」



「ほんっとうに、神殿兵って使えねー!」

テオが怒った。


敵襲の知らせを受けたとたん、神殿兵たちは聖女様の護衛をすると言って、馬車にくっついて、逃げてしまった。

残っているのは半分しかいない。

騎馬隊はヨハン達7人だけだ。


仕方がない。いたらかえって足手まといだ。


町はずれに広がる平地に、陣を構えた。


「...多勢に無勢か...」

「何を言う。案ずることはない。」

(あっおまえ、ついてきちゃったのか?)


「敵は人数こそ多いが、歩兵の甲冑の型はバラバラだぞ。

途中で寄せ集めた雑兵じゃろ。」

(おい、何を言ってるんだ?)


「フン、統制のとれていない歩兵など大して戦力にはならん。

後方の15の騎馬、護られている中央の黒い馬に乗っているのが大将だな。

歩兵に構わず、騎馬隊さえ倒せば、残りの兵は戦うのを放棄して、散り散りになるじゃろう。

勝機は十分じゃ!」


クレアは一気にそう喋った。 


「ああ その通りだ。」


「ちょっと待て、騎馬隊の後ろに魔導士の集団がおるぞ。」

(ゆらゆらぼやけて、ハッキリ見えん。)


「10人くらい」

「10人? 多いな。負傷者を治すためか?

まあ、どうせ魔導士は戦闘には加わらない。

数に入れなくてもいいだろう。」



74


「よし、行くぞ!」


ヨハン達、7騎は速かった。

「馬を止めるな!

歩兵に構うな!

一気に駆け抜けろ!」


ヨハンの心にセバスチャンの言葉が甦る。


「ヨハン様、相手が甲冑を着けていても、恐れることはありません。

兜を着けると視界が狭くなるのです。

すぐ横をすり抜けられると、頭を回してこちらを見るしかない。

その時、鎧の首と肩との間に隙間ができるので、そこをー」


すれ違いざまに、ヨハンが敵の首をはね落とした。

他の者もそれに続いた。

最後にテオが黒馬の兵士の首を突き刺した。


勝負はあっという間に終わった。

敵の歩兵は散り散りに逃げて行った。


ヨハン達は晴れやかな顔で帰ろうとした。

その時、グオオーという咆哮が、

逃げまどう敵兵を踏み潰して、巨大な足が進んでくる。


「ベヒモスだ!」


巨大なマンモスのような魔獣が、狂ったように暴れていた。


(しまった、見逃した。

あの魔導士の集団がよってたかって、こいつを魔法で隠していたんじゃ。)


ベヒモスの後ろ足には、太い鎖が食い込んでいる。

(ビビのやつ、こんなデカいの作りおって、

ばか力じゃないか!)


ベヒモスは暴れ回った。敵も味方も無い、

歩兵たちを踏み潰し、木をなぎ倒し、民家を破壊した。


(そうかヨハン達が、あんまり速く敵を全滅させたんで、

魔導士達は恐れをなして逃げてしまったんだ。

制御する者がいなくなったからー)



75


ベヒモスが通った後は、何もかも潰されメチャメチャになっていた。

立ち向かって行ったヨハン達もその長いハナで振り払われた。


「普通の3倍はあるぞ!」

前足を上げると高い建物くらいになる。


ヨハンが逃げ帰ってきた。


「クレア、これが戦闘用の魔獣なのか?」

「小さいうちから魔力を与えて育てると巨大になるんじゃ。

でもベヒモスは大人しくて戦いを好かんから

頭に穴を開けて魔石を埋め込む。

魔導士たちがそれをコントロールして戦争に使うんだ。」


「じゃあ、そこが弱点なんだな。」

「目と目の間、眉間の所に傷があるじゃろ、

あそこを刺して中の石を砕けば、穏やかになると思う。」


「ありがとう、分かった。」

ヨハンは駆け出して行った。


(あいつらとは昔、背中に乗って雪の中で遊んでいたのにな...)



76


「教会の方へいくぞ!」

「教会には住民たちが避難しているんだ。」


ヨハンの目に教会が映った。

そして高い鐘塔が、

ヨハンは馬を飛ばした。


教会に着くと、一目散に鐘塔のラセン階段をかけ登る。


ベヒモスが巨大な前足を上げて教会を襲ったのと、ヨハンが鐘塔の最上部にたどり着いたのは同時だった。


ヨハンはためらわず鐘塔の壁を蹴ると

ベヒモスの頭に向かってダイブした。


頭上に高く構えた剣を、自分の体重を使ってそのまま突き刺す。


バキィッ!

剣はベヒモスの眉間の魔石を砕いた。


巨大なベヒモスは倒れ込み、礼拝堂の入り口が破壊された。

教会の前面が崩れ落ちたガレキの中で、魔獣は動かなくなった。


やがてジュージューという不気味な音と酷い臭いを残して、真っ黒い泥のかたまりになった。


ヨハンはその泥に半分埋まるようにして、仰向けで倒れていた。

体から大量に血が流れ出ている。

教会の奥の仮ごしらえの救護室に担ぎ込まれた。


ヨハンは瀕死の状態だった。

クレアが必死に回復魔法をかけるが手に負えない。

押さえた指の間からも血が溢れてきた。


「ヨハン、死んじゃダメだ!

わしが殺すまで死んじゃダメだ!」


後ろでは兵士が騒いでいる。

「聖女様はどちらにいらっしゃるのだ?」


悲痛な声で他の兵士が答えた。

「もう、ずっと後方に避難していらっしゃいます。

今からでは、もう馬を飛ばしても間に合いません。」


クレアが立ち上がった。

「わしが魔法で聖女を連れてくる。」

そう言うと、ズンズンと教会の外に向かって歩き出した。


その後に兵士たちがゾロゾロとついて行く。


教会の前の広場に集団ができた。

クレアをぐるりと取り囲んで兵士たちが見守る。


(大丈夫じゃ、昔さんざんやった魔法だ。

できるはずじゃ)


両手のひらを地面に向けて呪文を唱える。


「出でよ、魔法陣!」

フウッと地面の上に魔法陣が現れた。


(出たー!)

しかし、ちっさー

小さな座布団くらいの大きさしかない。


(こんなちまちましたものでは、上に乗れないではないか。)


仕方なく座布団(魔法陣)のふちを両手でつかむと、落っこちないように四つん這いになり、背中を丸めて小さくなった。


「カメのようだな。」

誰かがボソッと言った。


「黙れ! うるさい!」


魔女が

「瞬間移動(ワープ)」

と大きな声で言うと、魔法陣はフワッとゆっくり上昇した。


「おおー」

ため息とも歓声ともつかない声が漏れる。


次の瞬間

「ギャーッ」

と悲鳴を残して魔女は消えた。


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