ゆるゆるだらだら怠惰で勝手にお金が入ってくる

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第1話

一緒に暮らした祖母は、お金をこよなく愛する人だった。テレビの上には十円貯金箱。バス代をケチって2、3キロ歩くなんてざらだった。大好きなのは記念硬貨。大事すぎて使えないからたまる一方だ。唯一のぜいたくは宝くじを買う事。孫の結良への誕生日プレゼントも宝くじだった。


そんな祖母を見てきたからか、結良はお金が大事だ。祖母に似て、誰かにプレゼントをするのは大好きだったので、他人のプレゼントにはお金を使えるのだが、自分のためにはなかなか使えない。それどころか、自分のためにお金を使ってもらうことがどうしても申し訳ない気持ちになってしまい、ついつい遠慮してしまう。特にお金が大好きな祖母に対しては。


祖母に「あんたはよく食べるねぇ。」と言われれば、手が止まる。成長するにつれ、なるべくお金を使わせないように気を張ってきた。

お金持ちだとは思ったこともないが、貧乏だとも思ったことのない、普通の家。

でも、祖母のお金を愛する性格は、結良に強烈な影響を与えていた。


祖母はお金を大事にしたが、ケチではなかった。むしろ与えるのが好きだった。自分が買い物に行くたびに、ご近所に肉や魚を買ってきた。孫たちにはお菓子を買い与えるのが好きだったし、買い物の楽しさを知っていたからかよくお小遣いをくれ、おやつを買いに行かせてくれた。お祭りのときには、夜店でたっぷり遊べるようにと小学生に3000円をポンとくれる人でもあった。


五十肩でほとんど上がらない凝り固まった肩で、得意というよりは必要に迫られて上達したであろう、洋裁でコツコツ小銭を貯め、その小銭をタンスの奥にこっそり、そして大量に貯めてもいた。そして、そこから度々お小遣いを渡してくれたのだ。


結良も、祖母のそういった姿を見て、もらったお小遣いを自分のタンスの引き出しに少しずつ貯めるようになり、両親や祖父母、友人などに誕生日のプレゼントなどを贈るようになった。しかしながら、結良は自分のためにはなかなかお金を使えない。使うより貯める方が好きになっていった。


結良は思う、1万円あれば何日生きれるかな? 大好きなふた山ブドウパンは88円。1食にひと山食べれば、2日で3つあればいい。176円で2日だと、20日で1760円、1万円あれば56日もあるのか。ブドウパンだけでは栄養失調になってしまうなどとは考えず、最低限の飢えをしのげるかという浅はかな計算。でも、1万円もあれば余裕でひと月は食べていけるだろうと思うと、自由になる気がした。


「一人でも生きていける」


結良は、祖母の話す戦後の貧しい暮らしの鱗片に憧れがあった。上手に節約し、お金を作り出し、人を笑顔にしている祖母が素敵に映った。それは身近に聞く「ロビンソン・クルーソー」の冒険記のような、サバイバルで生き延びるという躍動感あふれる命のきらめきがあった。現代に生まれた少女は、お金があれば生き抜ける、と思ったのだ。

 

コツコツと貯めたお金は中学の時に7万円にもなった。祖母からもらったお小遣いの残りだけで貯めたお金だ。結良はものすごく貯めた気がしていた。けれど、高校に入ると、周りのみんなはお小遣いで月5000円とかもらっているという。それでも帰り道に買い食いをすればすぐになくなる額だ。


贅沢だな。結良にとって5000円は高額だ。

結良の両親もお小遣いをくれるといったけれど、結良はもらうのを申し訳なくなってしまった。私はなくても困らないと固辞した。結局、2ヶ月に一度、3000円を貰う程度。毎月3000円にしようと両親は言ってくれたが、くれと言わないので両親も渡し忘れるためだ。


そして、結良はもらったお金をほとんど使わずに高校時代を過ごした。服もCDも買わず、漫画は友達に借りた。買い食いには付き合わず、帰宅して炊飯器の残りご飯にふりかけを振って食べた。


そんな高校時代だったから、大手を振ってバイトのできるようになった大学時代は、お金を貯めることにいそしんだ。大学近所の居酒屋は時給はそこそこだが、17時から23時~24時と一度にまとまって稼げる。しかもその日払いで、賄まで付く。ただ、込み合う日は夜中の1時まで片付けがかかることもあり、足が棒のようになるし、たばこの煙とアルコールのにおいには慣れなかった。


そんな時に紹介されたのは電気量販店のバイト。時給もよく10時から18時という長時間のバイトだったが、大学生の結良は休日しか働く事ができない。そんな時、大学構内でのバイトに声をかけられる。ほとんど労力がかからない軽微な書類集めで、好きな時にできて3万円。他のバイトと掛け持ちしながら、結良は大学を卒業するころには200万も貯めていた。


就職活動でも結良は稼いだ。当時は遠方の面接に交通費を支給する企業が多くあった。1社だけだと赤字だが、日程が近くいっぺんに済ませられればプラスになる。あまり褒められたことではないが、就職活動中はいつ面接になるかわからずバイトもできないのだ、背に腹は代えられないと割り切って工夫した。

 

あっさりといくつかの内定をもらい、無事就職を決めたのは、もちろん給与がよいほうの会社だった。けれど、手取りは18万。家賃6万、光熱費は1万円、食費も1万円で切り詰めたって、交際費や交通費はかかる。それでも結良は毎月7万以上貯め、2年半でもう300万を貯めた。

 

お金が貯まることは嬉しい。可能性が広がる気がする。結良は職場の同僚が紹介してくれた男性と会い、結婚し、妊娠した。子どもが産まれると、仕事を辞めた。子どもにはお金を使ってあげられるが、自分が働いていない負い目もあって自分には使えない。子どものためにも一層貯めなければ、という強迫観念が産まれてきた。なるべくお金を使わないようにしたい。代用できるものはないか、いつもそんなことを考えている。


お金がないわけではないのに穴の開いたボロの服を着続け、夫はあきれる。

「服くらい買ったらいいじゃない」

夫からそう言われるたびになぜだか腹が立ち、身ぎれいにしている夫が贅沢に見えてくる。いつの間にか、ぎくしゃくとするようになった。

「私はこんなに節約しているのに!」


結良は泣いた。一人で布団で泣いた。働けない分は節約に励もうと思った。幸せになるためにお金を貯めているのに、なんでうまくいかないんだろう。苦しい、もういやだ。ふと、祖母はこんなじゃなかったな、と思う。どうしてお金を貯めなきゃいけないんだろう――――。今、手元には1000万円ある。生活費は250万だから、何もしなくても4年は過ごせるじゃないか。

結良は何度も何度も計算して、そう結論付けた。そのうえ、夫は月に25万は稼いでくれている。ボーナスはいつも丸々貯めていた。苦しい思いして頑張らなくていいんだ。


結良は少しずつ、貯めることより、大事に使うことに目覚めていった。自分の服や物を買うのは慎重すぎるくらい慎重だが、それでも自分にもお金を使うことを覚えた。はじめはこわごわ恐る恐るであったが、数年もすれば、すっかり気が抜けていた。お買い物は楽しい、お金を使うことは楽しい、そう言えるくらい。


子どもが大きくなったら働こう、そうすればお金も貯まる。そう思っていたのに、結良は働きに出ずにいた。もちろん就職活動もするにはしたが、どうも気が乗らないのだ。子どもを幼稚園に送り出せば、家でゆるゆるだらだら過ごす。それは10数年ぶりの気の緩んだ時間だった。その頃にはもう、結良が働かなくてもいいくらいには夫が稼いでくれていた。

「私、働く必要ないじゃん」

子どもを寝かせながら、結良はそう思った。


結良が、働くことに固執しなくなり、家でゆるゆるだらだらするようになると、なぜか夫の収入は増えた。増えれば、ますます働く必要もなくなる。働かないと決めてから、結良はもう一人子どもを産んだ。子どもを産んだら、夫が転職し、給与は2倍になった。結良が「一人で生きていけるように」と頑張って貯めた数年分の貯金が1年でできるようになった。


結良は不思議だな、と思う。夫を頼りにすればするほどに、お金は貯まっていく。毎週おいしいワインを飲んで、毎年何度も旅行に行っても。夫と一緒にワインを傾けながら、結良は思った。


「あれ、私、お金に困ったことってあったっけ?」


結良は小さなころから貯めることに腐心していたが、足りない経験などしたことはない。高校時代から、お小遣いを遠慮するくらい自分は「持っている」と思っていた。今思えば笑ってしまうような金額だけど。大学時代も簡単なバイトでするするお金が入った。就職も結婚もすんなりといいところに収まっていたと今更になって思う。


「でも遠慮しているときの方が貯まらなかったな」


一生懸命貯めようと腐心したときは、身も心もゴリゴリに削られたのに、今思うと大した額は貯めることができなかった。それよりも、心も体もゆるゆるっとして、だらりんと生活している今の方がすごいペースでお金が貯まっている。

 

いい男と結婚したっていうのもあるだろう。それでも、結婚した当時、夫は別に給与が良い方ではなかった。夫はATMなんていうけれど、ATMどころか打ち出の小づちのようだ。結良は、株にも興味を持っていたからこそ思う。


「夫こそ、最高の不労所得じゃないか」


夫は妻がにこにこして、自分の稼ぎを頼りにすることに快感を覚えていた。ぼろぼろの服を着て、キリキリとお金を貯めなければと奮闘していた妻には、自分の稼ぎがないと責められているようだったが、最近の妻は自分に甘えてくれる。夫にはそれがとても誇らしかった。妻に自由にお金を使わられる夫、というのは気持ちの良いものだ。


妻が、家でゆったり過ごしてくれさえいれば、夫には勝手にお金が入ってくるようになった。もちろん夫も頑張っているのだが。夫は思う、「妻は心底お金を愛している。今だってたくさんのお金があってもお金を大事には使ってくれる。そんな妻が喜ぶとさらにお金が入ってくるようだ」と。


祖母の「お金に対する愛情」だけを引き継ぎ、結良はゆるゆるだらだら怠惰で勝手にお金が入ってくる生活をいつの間にか手に入れていた。



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