潮彩

8/5 前

 完全に締め切られた部屋。やけに明るく、前面には大きな鏡がつけられている。照明に照らされ、アルトサックスが輝いている。その狭い部屋には何人もの楽器を持った人々が訪れ、演奏の最終調整をしていく。

 ブォン。自由曲の最後の音が鳴り、先生が指揮棒を下す。笑顔で僕たちを眺める。

 「みんなちゃんと揃ってるな。今日は人生の中でも最もあつい日だ。どんな結果になろうと、私たちの最高を届けられるように演奏するぞ!」

部長が立って、部員たちを鼓舞する。去年も同じようなことを聞いたような気がする。

 「大泉中学校さん、時間です。」

 案内の人にそう言われ、部屋からぞろぞろと出ていく。舞台袖で前の学校の演奏を聴きながら、自分たちの心を落ち着かせる。各々の不安が残る箇所を指だけ動かして確認している。僕も自由曲終盤の連符の確認をしていた。その様子を見ていたトランペットの女が寄ってきた。

 「何?緊張してるの?去年みたいなミスはしないでよ。」

 このくそ女。こんな時に嫌なことを思い出させてくれる。そう、僕は一年生の時のコンクールの課題曲の一番初めの音を大きく外してしまった。そのことが原因で、去年は東北大会に進めなかった。だから、僕は死ぬ気でこの一年練習してきた。

 「大丈夫。あんたに心配される義理はない。」

 「心配なんかしてない。ただ、足を引っ張るなと言っておこうと思って。私、本気            で東北行きたいから。」

 そんなことを小声で言い合っている間に、前の学校の演奏が終わり拍手が鳴り始めていた。

 「次の団体の方入場してください。」

その声とともに舞台袖の狭い隙間から入場していく。自分の席に向かい、セッティングシートを見ながら譜面台や椅子の微調整をする。それが終わると、自分の席に着いた。

目が眩んでしまうようなあつい光に照らされ、自分の腕の中が黄金色に光っている。静かな暗闇の中から観客が僕たちを見ている。二回目のコンクール、初めての時よりも緊張はしていない。少し、ワクワクしていた。

 「13番 仙台市立大泉中学校 指揮 森美紀」

 アナウンスが終わり、みんなに微笑みかけながら先生が指揮棒を上げる。皆一斉に楽器を構える。指揮棒が空を切った。瞬間、ホールに音が鳴り響く。白く光る楽譜を横目に、僕は先生の指揮を見て、指と口と体を動かす。この会場全体を飲み込むように音の粒が飛んだり、跳ねたり、流れたりしている。僕は全身で音の流れを感じていた。音の波に乗っていた。

 あっという間だった。最高の出来だった。ソロも上手くいった。練習でずれていた箇所もずれなかった。今までの一番を出し切った。

「お疲れー。よかったよね。演奏。東北いけるかもね。」

舞台袖を出てすぐ、こんなことを互いに言い合った。かくいう僕も、そう思っていた。


結果はダメ金だった。

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潮彩 @siotosato

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