第10話 信頼と嘘

ダンは馬車を片付けた後、アンナの侍女に医者の手配を頼んだ。

侍女は慌てた様子でその場から去って行った。

かすり傷ではあるが、王女に怪我を負わせたとなったらどんな罰が下るのだろうか。

ダンは、今ここでこの王宮から離れるわけにはいかない。すべて水の泡になる。


ダンはルバートの執務室に向かった。

部屋に出迎えてくれたルバートはいつも通り穏やかな表情だったが、ダンの深刻な表情を見て、執務室にいたほかの執事たちに席を外すよう指示をした。


「今日スラムに行った際に、アンナ様の首に傷を作ってしまいました。見た限り、小さなかすり傷ではありますが、自分がついていながら、申し訳ありません。先ほど侍女に頼み、医者を呼んでもらっています。」


ルバートふっと表情を緩めた。


「ダン殿、アンナ様の無茶な行動に付き合っていただき感謝しています」


ルバートは一呼吸おいて続ける。


「アンナ様は、いずれこの国を統治されるお方です。私たちの立場上、アンナ様の意に背くような行動は難しいかもしれません。しかし、危険だと判断した時はアンナ様に逆らうことになろうとも、彼女を危険から守るのが我々の仕事です。」


ルバートの目は切実であった。


「ただ……国をよくするために、国民の暮らしを知ることは大事なことだと、私は思います。あなたにはアンナ様を危険から守ってほしいと思うと同時に、将来の国の統治者としての力を備えるために彼女の力になってほしいとも思っています。」


ルバートは申し訳なさそうにほほ笑んだ。


「とても難しいお願いなのは承知しています。しかし、アンナ様はなぜかよく知りもしないあなたを信頼していらっしゃる」


ダンの鼓動が脈打つ。


「その信頼にこたえてください。」


ダンは、ルバートを見た。


「……はい。承知いたしました」


しかし、その目は焦点があっていない。

自然と口から出てくるでまかせは、ダンの心をむしばんでいくのであった。







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罪人王女の素晴らしき人生 @sanmoon

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