第9話 怒り


その後、ダンは荷物を抱えて孤児院に戻った。


ここの孤児院は、さまざまな事情を持つ子どもが集まっているようだった。親が病気で亡くなったり、何かしらのトラブルに巻き込まれて帰ってこなくなったり。

そして、稀にああいった人攫いがやってきて、子どもや若者を人身売買を目的に攫っていくらしい。


一通り話を聞いた後、2人は城下町の食べ物をその孤児院に置き、スラムを出た。


夕日が景色を赤く照らす中、2人は帰路につく。


アンナは疲れ果てたのか、馬車に乗ってすぐ寝てしまった。


ダンはというと、アンナに対してこれまでにないほどの怒りを感じていた。どのタイミングで彼女に伝えるか。いや、伝える必要などないか。


彼女の今日の動きは王女として責任感のかけらもないものだった。ダンはアデル国王が王子だった時から彼に仕え、国を納める者の立ち振る舞い方がどれほど大事かを間近で見てきた。


アデルやアンナのような立場の人間は、自ら進んで身を危険に晒してはいけない。しかし、彼女の行動はいつもそれに反している。特に今日は無鉄砲にも程があった。


所詮敵国の王女であることは事実だが、いくらそう言い聞かせても、ダンの怒りは収まらなかった。


そんなことを考えているうちに、馬車は城についた。眠る彼女を起こそうとキャビンの扉を開いた。


ふと首元に目をやると、そこには小さな傷ができ、うっすら赤く腫れていた。あの人攫いの男に掴まれた時にできたのだろう。

ダンは締め付けられるような胸の痛みを感じながら、その首元にそっと手を伸ばす。


指先が肌に触れると、ピクッとアンナの体が動き、彼女がゆっくりと目を覚ました。


「もう、ついた?」


若干寝ぼけているようだった。


「アンナ様」


「なに…?どうしたの?」


ダンのいつもとは違う、深刻な声に少しずつアンナの思考がはっきりしてくる。


「今日、なぜ俺より先に飛び出したんですか」


「……なんのこと?」


「あなたは、スラムで人攫いを見かけた時、俺より先に飛び出したあげく、首を締め上げられました」


ダンが彼女の首を少し強めに押さえた。


「その後も、敵がまだ残っているかもしれない荷台に1人で飛び込みました」


アンナは黙ってダンの聞いてる。


「はっきり言いますが、あなたは自分の立場をわかっていない。ご自身の身に何かあったらどうするつもりですか?」


ダンの声は少し震えていた。


「もちろん俺はあなたの護衛ですから、何がなんでもあなたをお守りします。だけど、あなたの行動はあまりにも無鉄砲すぎる。守れるものも守れません」


ダンは彼女の首からゆっくり手を離した。


「あなたに何かあれば、この国はどうなりますか?あなたを慕う国民は?あなたの考えなしの行動は、彼らを裏切る行為です。」


アンナは何を思っているのか、その表情からはわからなかった。


「さあ、降りてください。俺は今日のことをルバート様に報告してから戻ります」


アンナは視線を落とし、静かに言った。


「…あの…ごめんなさい」


ダンは表情を変えず、彼女を抱きかかえて馬車から降ろす。


「早く部屋に戻ってください。」


ダンはアンナにそう言い残し、馬車を車庫に戻すためにその場を去った。





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