第8話 スラム

2人は馬車に乗り込み、スラム街の方へ向かった。10分ほどで川を越えると、だんだんと景色が変わってくる。

 家がなく、道端で寝そべるもの、物乞いをする老人。人が住んでいるのかどうかわからないほったて小屋や、空き家。


2人は馬車を茂みに隠し、ひとまず荷物は置いたまま村の様子を見て回る。


 道端に虚ろな目をした者たちが通り過ぎる2人をじっとみる。

 

「アンナ様、俺の腕に捕まっててください。」

 彼はそう言って肘を差し出した。アンナはその左腕に手を回しギュッと掴んだ。

 

「前に来た時よりも、ひどくなっているわ」


 先ほどの栄えていた町とは違い、ここは不衛生で空気が澱んでいた。


 その時である。どこからともなく、女の叫び声があたりに響き渡った。声のする方を見ると、一台の馬車の荷台に女が無理やり連れ込まれようとしていた。

 その時、それまで重みを感じていた左腕がすっと軽くなる。アンナが1人で走り出したのだ。


「馬鹿っ!」


 ダンは走り出した彼女をすぐに追う。


 彼女は荷台に追いついたかと思うと女を羽交締めにする男めがけ体当たりした。よろけた男の腕から女が地面に落ちる。


「なんだてめぇは」


 男の怒号が響き渡り、男の手がアンナの首を捉えた。


「早くっ、にげて!」


 首を絞められならアンナは声を振り絞り、地面に倒れる女に叫ぶ。女は腰を抜かしたのか立ち上がることができず、地べたをはって逃げようとする。


 ダンは剣を抜き、人攫いの男の首を狙い、刃を振りかざした。そして男の手から逃れたアンナを片手で抱き止める。男は血を流しその場に崩れ落ちた。


 そして一連の騒ぎに気がついた人攫いの仲間が1人荷台から降りてきた。


「なんだてめぇら」


 ガラの悪い大男が手をポキポキと鳴らしながら近づいてくる。ダンは腰にさしてあった短剣を抜き、その男めがけて投げ飛ばした。短剣は男の胸に刺さり、男は呻き声をあげ荷台から転げ落ちる。


 その時、荷台の中から啜り泣く声が聞こえた。アンナはダンの腕を振り払い、その荷台の中に飛び込む。慌ててダンも荷台に飛び乗り込み彼女を追った。荷台の中に入ると、そこには数人の子供と若い女が縛られていた。


「みんなもう大丈夫よ」


 アンナがそう声をかけて、彼らを縛るロープを解く。

 ダンは荷台を降り、その場の周辺を確認した。どうやら他に仲間はいないようだ。


ダンは荷台の外で腰を抜かす女に声をかける。


「なにがあったか話せるか?」


彼女は怯えながらも顔をあげ、口を開いた。

 

 「急にこの男が……私たちの孤児院に入ってきて」


そこには古びた小さな建物があった。


「この男たちはよくこのあたりにくるのか?」


彼女は言葉が出てこないのか、必死に頷いていた。今は話せる状況になさそうだ。


「とりあえずみんなと部屋の中に戻るんだ。ほら、立てるか?」


彼女は頷き、荷台から降りてきた他の女性や子供たちと共に孤児院の中に戻っていく。


「アンナ様、こいつら片付けてから行くんで、彼女たちのそばにいてあげてください」


荷台の下で倒れる男を荷台に積み上げながら、ダンは言った。


「わかったわ。ついでに私たちの荷物持ってきてもらえるかしら」


「はい、そのつもりです。すぐもどります。」


ダンは荷台につながる馬を引き、人目のつかない廃屋の陰に隠した。そして馬を荷台からはずし、その馬にまたがり2人の馬車を隠した茂みにむかった。






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