初恋の人を探しに来ました

第40話 雑すぎない?

 1人の少女の復讐が終わった。誰も殺さず、諦めるという選択肢を選んだ。


 それは彼女にとって重大な決断だっただろう。10年間の恨みという感情が、消えてなくなったのだ。そのポッカリと空いた心の空間に、どんな感情が流れ込むのか……想像もできない。


 だがそんな決断も、世間にとっては関係がない。


 何事もなかったかのように朝のニュースが流れ、いつものようにネットニュースは荒れている。当然のように学校が開始され、当たり前のように授業が始まる。


 そんな学校の……大ニュースが2つ。


 1つ目は、


木五倍子きぶし会長……生徒会長をやめるんだって」クラスの女子が噂話をしていた。「なんでだろうね……評判、良かったのに」


 雪落ゆきおちさんの前に姿を見せないためだ。生徒会長という立場上、スピーチを求められることもある。だが……そうすれば雪落ゆきおちさんに見られてしまう。


 極力、私の前に現れないように。それが雪落ゆきおちさんの言葉。その言葉を忠実に守ろうとしているのだろう。変なところで律儀な人だ。


 そしてもう1つの大ニュース。


雪落ゆきおちさん……」今度は男子が噂話。「……あれ、雪落ゆきおちさんだよな……?」

「だと思うけど……髪切った……のか?」

「長いほうが好きだったんだけど……」

「というか……切り方、雑すぎない? 下手くそな美容師に当たったのかな……」


 そう……雪落ゆきおちさんの長い髪がバッサリと切り落とされていた。まるで別人みたいだった。


 しかも本当に適当な切り方だった。長さも不揃いだし、とても仕上がりを気にした感じじゃない。ただ短くなれば問題なし、という様子だ。


 下手な美容師というより……自分で切ったんじゃないだろうか。


 なんというか……まるで包丁で当てずっぽうで切った様相に見える。


 まぁ、それでもかわいいから良いんだけど。雑なショートカットも僕の好みだけれど。


 とはいえ……コッソリと雪落ゆきおちさんに惚れていた男子からすれば大事件なようで、まだ噂話が続く。


「失恋でもしたのかな……」

「初恋の人を見つけて、フラレたってことか?」

「そうなのかも……」


 案外、正解かもしれない。復讐するべき相手にフラレたという表現は面白い。


 しかし……ショートカットの雪落ゆきおちさん、かわいいな。めっちゃ似合ってる。どんな髪型でも似合うと思う。


 さて、そんな2つの大事件も、世間にとってはどうでも良いことだ。


「なに騒いでんだ? 授業始めるぞ」


 そんな教師の言葉とともに、本日の授業が始まった。前日に生徒会長が殺されかけたことなんて知りもしない人たちにとっては、今日も学校は平和だった。


 ……


 ああ……


 平和になってしまったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る