第38話 非力ですから

 雨の降る河原。


 そこに現れた木五倍子きぶし生徒会長は……本当にいつも通りだった。


 柔和な笑みを浮かべて、こちらに歩いてきていた。僕たちと違って、さすがに傘は差していた。


 復讐日和……そんな言葉を使うということは、呼び出された要件は察しているのだろう。


「こんばんは、生徒会長さん」雪落ゆきおちさんも……同じくいつも通りだな。それが逆に怖いよ。「呼び出しに応じてくれて、ありがとうございます」

「こんな美人からの呼び出し、断るわけないよ」この人は、本当に……「懐かしいね。最初にキミに会ったときも、こんな雨の日だったかな」

「10年前のあの日、ですね」雪落ゆきおちさんが笑顔を消して、「認めるんですね。10年前……ここで私と出会ったことを」


 10年前に雪落ゆきおちさんと……急羅巣きゅらす良那らなさんと出会った。


 それはすなわち……その事件の犯人だということだろう。第一発見者は良那らなさんだったのだから。


「そうみたいだね」あっさりと認めた。「キミが探しに来るの、ずっと待ってたよ」

「……私を、待っていた……?」雪落ゆきおちさんは皮肉げに、「殺しそこねた残りの家族を、殺そうとしていたんですか?」

「そんなわけないよ。キミが復讐に来ることを待っていたんだよ」


 雪落ゆきおちさんが首を傾げる。僕も同じ気持ちだ。


 復讐されるのを待っていた? それは、どういうことなのだろう。


「10年前に取り調べを受けたから、正直に答えたよ。人を殺してみたかったって。ただそれだけだから死刑でもなんでも受け入れるって」3人殺せば子供でも……あり得るだろう。「でもね……なんか許されちゃってね。複雑な家庭環境とか心神喪失とか……やたらと守られちゃったんだ」


 守られた。守られてしまった。


 会長は続ける。


「たぶん学校として……生徒の不祥事は大事にしたくなかったんだろうね。徹底的に包み隠して、あの事件の犯人には誰も触れなくなった」


 唯一……身内を除いて。


「警察の人とか、当時の先生は言ったよ。その経験を成長に繋げれば良いって」殺人を成長につなげる、ね……「でも、加害者の成長なんて被害者からすれば腹立たしいだけだよね。だから俺は、できるかぎり成功することにした」


 被害者を怒らせるため……というのはちょっと違うのだろう。


「俺が成功していれば、キミも復讐しやすいでしょ?」会長は両手を広げて、「俺は反省なんてしてないよ。やりたいことをやっただけ。でもその報いが必要だというのなら当然、受け入れるよ。報いというのは受けるべきだから」


 ……


 人を殺したいと思って、実行して……そして自分の命すらもいらない。


 なんて空っぽな人なのだろう。なんて……薄っぺらい人なのだろう。


 僕と同類かもしれない。


「さぁ、どうぞ」会長は一歩踏み出して、「好きなように復讐を成し遂げたら良いよ。キミの家族と同じように、包丁で刺すっていうのはどう? オススメはお腹のあたりだよ。骨がない場所のほうが刺しやすいから」


 雪落ゆきおちさんは……しばらく会長の話を冷めた目で聞いていた。


 今の彼女はどんな感情なのだろう。目の前で家族を殺されたことを自白されて……復讐を受け入れられている状況は。


「じゃあ、脳みそを狙ってみます」雪落ゆきおちさんは背後から包丁を取り出して、「骨ごと砕いてあげますよ。非力ですから、何度か叩きつけることになると思いますが」

「何度でもどうぞ」そう言って、会長は地面に寝転がった。「こっちのほうが、やりやすいでしょ」


 ……


 本当にこの人は、雪落ゆきおちさんに殺されるつもりらしい。


 報いを受けて殺されるために、ずっと雪落ゆきおちさんを待っていたのだ。


 僕が言うのもなんだが……狂っている人だな。


 雪落ゆきおちさんはゆっくりと会長に近づいて、


「では、遠慮なく」


 そう言って、簡単な動作で包丁を振り下ろした。

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