第37話 大なり小なり

 夜の河原……大雨の中、僕は雪落ゆきおちさんに告白した。


 その告白を受けて、雪落ゆきおちさんは珍しく困惑した表情を浮かべた。


「……告白、ですか? 今、このタイミングで?」

「なにか不都合が?」

「……私、今から殺人をするつもりなんですよ?」


 やっぱり殺すつもりだったのか。


「知ってるよ。手伝おうか?」

「……あなたは、自分が何を言っているのかわかってるんですか?」

「もちろん。言葉の通り……殺人を手伝うって言ってるんだよ」


 そんなにおかしなことを言っているだろうか。


「……変な同情ならお断りです」雪落ゆきおちさんの険しい顔を見るのは初めてだった。「私の復讐は正義なんかじゃない。ただ私が満足を得るためだけの……自己満足の行動です。ですので……私が正義だと思ったとか、正しい行動だとか……同情だとかいう理由では手伝ってほしくないです」


 なんか強情な人であるらしい。そりゃそうか。そうじゃないと10年間も復讐心なんて保ってないよな。


「同情なんてしてないよ。もちろん雪落ゆきおちさんの行動が正義だと言うつもりもない」

「だったら……なんで……」

「好きな人の手助けができるなら、なんでもするよ」本当に、ただそれだけ。「人を殺せと言われたら殺すし、自ら命を断てと言われたら迷わず行動する」


 どんな命令でも忠実に実行してみせよう。たとえどんな無理難題でも成し遂げてみせよう。それくらいの覚悟はあるつもりだ。


 僕は続ける。


雪落ゆきおちさんとしても悪い話じゃないでしょ? 適当に使い捨ててくれたら良いんだよ。僕のことを好きになって欲しいなんて言わないからさ。僕のことなんて捨て駒として使ってくれて構わないからさ」


 雪落ゆきおちさんになら騙されても問題ない。偽りの愛でも受け入れる。偽りの愛すらもなくて良い。存分に利用してほしい。


 なんだか口が軽くなって、僕は続ける。


「そうだ。僕に罪をなすりつければ良い。そうすれば、雪落ゆきおちさんはまた日常に戻れるから」せっかく青春謳歌部に入部したのだ。このまま刑務所行きは味気ない。「もし本当に恋をするなら、ヴィントはオススメだよ。きっと面白いから」


 ヴィントなら雪落ゆきおちさんを幸せにしてくれるだろう。僕が刑務所に行っても安心である。


 そのまま、しばらく雨の音だけが聞こえていた。雪落ゆきおちさんは無表情で僕の顔を眺め続け、


「……変な人ですね……狂っている、という言葉が似合います」

「そうかな……」あんまり自覚はないけれど。「好きな人に幸せになって欲しいだけなんだけど」


 そう願うことが、そこまでおかしなことだろうか。


「間違いなく狂ってるとは思いますけどね」

「ふむ……」雪落ゆきおちさんが言うならそうなのだろう。「とりあえず……人間なんてのは大なり小なり狂ってるものなのかもね」


 狂っているのは僕だけに限らない。会長だってヴィントだって、雪落ゆきおちさんだって狂っているだろう。


「それで……返答はしてくれるのかな? それとも、はぐらかされる?」

「どうしましょうかね……」真剣に悩んでくれているようだ。「とりあえず……そうですね。少し悩んでも良いですか?」

「構わないけれど……」


 なんだか意外だ。即断即決の人だと思っていた。僕の告白程度で心を乱す人じゃないと思っていた。


 ともあれ、待てと言われたならいつまでも。たとえ墓場までだとしても待ってみせる。


 そんな会話をしているうちに、


「こんばんは」木五倍子きぶし生徒会長の声が聞こえた。「今日は良い天気だね。絶好の復讐日和かな?」

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