第29話 アレだよ

 僕の雪落ゆきおちさんへの思いは、間違いなく片思いだ。


 雪落ゆきおちさんには意中の人がいる。10年前から想い続けている人がいる。そんな人物との間に、僕が割って入れるわけもない。


 諦めるしかないんだ。それこそが雪落ゆきおちさんの幸せなんだ。そんなこと……何度も考えただろう。


「じゃあ……今日はありがとう」恋愛相談の彼女が頭を下げて、「お邪魔しました……また、報告に来るね」


 というわけで彼女が去って行って、また僕とヴィント……そして雪落ゆきおちさんの3人だけになる。


「さて……話を戻そう」ヴィントが言う。「なにか我に用があるのだったな」

「はい。私は……10年前に出会った人……10年前に私を助けてくれた人を探しているんです」雪落ゆきおちさんは単刀直入に言う。「その人物は、あなたじゃないですか?」

「……ふむ……おそらく違うだろう」僕もそう思う。「我は10年前から、この調子だった。もしも出会っていれば、そちらが覚えているだろう」


 ヴィントみたいな特徴的な喋り方をするやつは、なかなかいない。いくら10年前でも覚えていると思う。


 だからヴィントは雪落ゆきおちさんの初恋の人じゃない。


 ……


 僕はなんでホッとしているのだろう……僕に割って入る余地などないというのに。


「しかし……」ヴィントはなにか考え込んで、「……」

「……どうしたんですか?」

「いや、なんでもない。少し記憶を掘り返してみただけだ」ウソだな。他のことを考えていた。「10年も前となると、記憶が曖昧だからな。忘れているだけの可能性もある」


 だろうな。僕だって10年前のことなんて、あんまり覚えていない。というか昨日の食事も覚えていない。


 ともあれ、僕は言う、


「というかヴィント……他の部員は? もうちょっと部員がいなかった?」

「ああ。全員辞めたぞ」なんでだよ。「我と波長が合わなかったようだ。申し訳ないことをした」


 ……青春謳歌部という名前に興味を惹かれて入部。そして部長のキャラクターに圧倒されて退部したわけだ。


 それもまた青春か。


「部員がいなくなって、なかなか困ったぞ。部員が二人以上いないと部として存続できないからな。盟友が残ってくれて助かった」

「部員になった記憶はないんだけど」

「なに?」驚かれたが、驚いたのはこっちだ。「盟友よ……お主は我が青春謳歌部の部員ではなかったのか?」

「だから違うって……」


 いつの間に入部したんだよ。


「……そうだったのか……」本気で勘違いしていたようだ。「……ならば困ったな……これでは部にならん」


 そもそも青春謳歌部という意味不明な部活が設立できたことが驚きなんだよ。


 ま、ヴィントならなんとかするだろう。今までも、そうやってなんとかしてきた男なのだ。


 そう思っていると、


「それはちょうどよかったです」雪落ゆきおちさんが言う。「私……入部してみようかと思ってます」


 マジで? 興味があるとは言っていたけれど、本気だったの?


「本当か?」めっちゃ喜んでるヴィントだった。「それはありがたい。これで部として存続できる」

「いえいえ……こちらとしても興味深い部活が存続して、青春が謳歌できそうですよ」

 

 楽しそうに会話する2人に、僕はつい割って入った。


「しょ、しょうがないな……僕も部に残ってあげても良いよ」

「ふむ……気持ちはありがたいが、無理強いをするつもりはないぞ? 雪落ゆきおち殿が所属してくれる以上、部員は足りている」

「えーっと……ちょっと、アレだよ。アレだったから……」


 僕は何を言ってるんだ。なになんだよ。


 しどろもどろになる僕を見て、ヴィントが、


「なるほど、そういうことか。野暮なことを言ってしまったな」僕が雪落ゆきおちさんに恋をしていることがバレたらしい。「ならば歓迎しようではないか。わが青春謳歌部へようこそ」


 ということで……


 なんか青春謳歌部に所属することになりましたとさ。

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