第26話 修羅の道を超えてきたわけだ

 青春謳歌部に足を踏み入れるなり、


「久しぶりだな、盟友よ」重厚感のある低い声が聞こえてきた。「お主から我の前に現れようとは……よほど緊急案件であろうか」


 ……ああ……なんかこの感じ、久しぶりだな。


 悪くない、と思ってしまう僕がいる。こいつのこの変な言動が、僕は嫌いじゃない。


 青春謳歌部の部室には、こいつ1人しかいなかった。他の部員はどうしたのだろう。


「まぁ……ちょっと用があってね」

「承知した。盟友よ」盟友って呼ぶのはやめてくれ……「して……そちらの美しき御仁は?」


 美しき御仁、とかあっさり言えるメンタルが羨ましい。


「転校生の雪落ゆきおちさんだよ」


 僕が言うと、雪落ゆきおちさんが頭を下げて、


雪落ゆきおちです。少し質問があるのですが……よろしいですか?」

「当然だ」相変わらず声がカッコいいな……「我が名はヴィント・ミューレ。ヴィントと呼べ」


 こいつ……まだその偽名を名乗ってんのか……


 ……そういえば僕は、こいつの本名を知らない気がする。出会ったときから、ヴィントはヴィントだった。


「ヴィントさん、ですね」雪落ゆきおちさんもあっさり受け入れなくていい。もっと疑問を持ってくれ。「質問というのは1つです。あなたは……私をご存知ですか?」

「ふむ……転校生が来たという噂は聞いているが……そういう話ではないようだな」


 雪落ゆきおちさんの自己紹介のことは知らないようだ。まぁこいつは俗世間に興味がない男だからな。知らなくても無理はない。


「はい。私は10年前……河原でとある人に助けられたんです。その人物にどうしても今の気持ちが伝えたくて、ずっと探しているんです」

「ふむ……この学校にいるのか?」

「可能性がある、という状況です。この学校にいないのなら、他の場所も探すだけです」

「なるほど。つまり、その10年前の人物を探しに来たわけだ」それからヴィントは謎のポーズを決めて、「フフ……10年越しの邂逅を目指し、修羅の道を超えてきたわけだ。ならば我が力も存分に振るってやろうではないか」

「いいんですか? ありがとうございます」


 なんで会話が成立してんの……? 幼馴染の僕ならともかく、雪落ゆきおちさんは初対面だよね?


 要するにヴィントは『俺も手伝うよ』って言ったわけだ。邂逅がどうとか修羅の道だとか、とりあえず関係ない。協力してくれるって言っただけだ。


 というか、そもそも……


 僕は雪落ゆきおちさんに耳打ちをする。


「ヴィントが10年前の相手でである可能性は?」


 ヴィントのことだから、忘れていてもおかしくない。だってこいつは……人助けなんて日常茶飯事なのだから。


「今から確かめるつもりです」


 例の合言葉のことだろうか。しかし……ヴィントはウソをつく人間じゃない。もっと他の方法が必要になると思うが……


 しかし雪落ゆきおちさんには秘策がある様子。ならば黙って見守っておこうと思っていると……


「む……」青春謳歌部の扉がノックされた。「来客か……今日は千客万来だな」


 ヴィントの言葉の後に、青春謳歌部の扉が開かれた。


「あ、あの……」現れたのは、気弱そうな女子だった。「お、お願いが……あるんだけど……」

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