第23話 私にとっては関係のないことですから

 多くの人間を感動させた討論会。


 その討論会で使われた言葉が学校の標語にもなったほど。


 副会長が言う。


「あの討論会で言った言葉は……ウソだったんですか?」

「ウソじゃないよ。本心じゃないだけ」それをウソだというのでは……「失敗を乗り越えて強くなる。そう発言すれば称賛されると思ったから言っただけ。俺も、加害者の成長なんてどうでもいいと思ってる」


 木五倍子きぶし会長は僕に微笑みかけて、


「キミは優しいね」

「……僕が、ですか?」

「うん。わざわざ言いづらい真実を言ってくれるんだもの」真実だとは思わないけれど。「あの場で発言をした人はね、本気で成長したと思ってるんだよ。いじめをして、万引きをして、それらを乗り越えた。そんな自分たちは上等な人間だと、本気で思っているんだよ」


 そこまで、僕は言い切れない。


 ……


 この会長は……なんだ……? 会話をしていて、まったく本心が読めない。心がないのではないかと思ってしまうほどだ。


「笑えるよね。最初から犯罪をせずにまじめに生きてる人のほうが、よっぽど上等なのにね」なにが楽しいのか、会長は笑っている。「たとえばドミノ倒しで……何度も何度も、わざと途中でドミノを壊す人がいたとするじゃない? 他の人は、そんな妨害にも負けずにドミノを並べ続けるんだ」


 何度倒されてもまじめに、ルール通りにドミノを並べ続ける。


「それで完成直後になって、最後の数個を……途中まで妨害していた人が置いた。じゃあ、称賛されるのはその人? 違うよね。最初から最後までまじめに並べていた人だよね」


 それは僕もそう思うけれど……


 会長はそのまま続ける。まったく言いよどむことのない、スラスラとした口調だった。


「でも、現実では往々にして……途中までサボっていた人が称賛される。よくぞ持ち直した、よくぞ頑張ったって言われるんだよ。だってバカ相手には、そう言っておいたほうが楽だからね。適当に称賛して、適当に機嫌を取っておく。そうして距離を取って、遠くからバカみたいな失敗をするところを眺めていればいい」


 そこまで強く言い切るのはどうだろうか……僕には、わからない。


 とりあえず……


 こんなに淡々と語られると、怖い。討論会という多くの人が見守る場所での発言を、簡単に『本心じゃない』と言い切り、正反対の意見を笑顔で語られると、恐怖が先にくる。


 意見は僕と同じなのに……なぜここまで恐怖を感じるのだろう。


「ちょ、ちょっと……買い出しに行ってきますね」


 そう言って副会長は生徒会室から逃げていった。気持ちがわかる。僕も逃げたい。


「……? どうしたんだろう……」会長は逃げられた理由がわかってないようだが。「とにかく、キミは優しいよね」

「……どこが、でしょうか」

「優しくない人は無視するよ。なにも言わずに、成長した気になっている人たちを野放しにする。だってそうすれば、他の人に迷惑をかけて自滅するのがわかってるんだから」

「……それは、どうなんでしょうね……」


 僕にはわからない。会長の言いたいことがわからない。適当に返すしかなくなってしまった。


 ……


 とにかく、僕たちもさっさと逃げよう。会長が雪落ゆきおちさんの初恋の人じゃないのなら、ここにこれ以上とどまる意味はない。


 そう思っていたら、会長が雪落ゆきおちさんに言った。


雪落ゆきおちさんはどう? どっちが正しいと思う?」

「さぁ、どちらでしょう?」雪落ゆきおちさんは笑顔のまま、「どっちでもいいです」

「正直だね」

「はい。正しいとか正しくないとか、私にとっては関係のないことですから」


 ……なんでこの2人、笑顔で会話できるんだよ。どっちもサイコパスかよ。


「なかなか珍しい人だ。俺相手に、そういう適当な返答を返した人ははじめて見た」

「生徒会長との会話なんて、そんなものでしょう? 思ってもないことを適当に口にして、相手を騙すゲームです」

「そうかもしれないね」肩身が狭いよぉ……余計なことを言わなければよかった……「とにかく……僕で協力できそうなことがあれば、なんでもするよ。初恋の人探し……頑張ってね」

「はい。ありがとうございます」


 ……


 ……


 ……


 ああ……


 ようやくこの空間から脱出できる。

 

 もう5時間くらいとどまっていた気がする……

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