第22話 とても簡単なことだよ
僕の言葉を聞いて、生徒会室の空気が変わった。
討論会のときと同じだ。気持ちよく話している人の邪魔をして、袋叩きにあう寸前の雰囲気。
僕はいつもこうだ。話の流れをぶった切って、邪魔ばかりしている。だから友達がいないのだ。
日差しが強くなった気がした。日の光が肌を焦がすようだった。一瞬にして心臓がうるさくなって、体温が急激に低下した。なのに汗だけは流れてくる。
僕の言葉に、副会長はポカンとした顔で、
「え……?」
「乗り越えたのはあなたたちじゃない。いじめられた側、万引きをされた側が乗り越えたんです。それしか選択肢はなかったし、まだ乗り越えられずに苦しんでいるかもしれない。なんにせよ……乗り越えるなんて軽い言葉で表現してほしくないです」
一生苦しみ続けるかもしれないんだ。消えない傷になるかもしれないんだ。
乗り越えたとか乗り越えないとか、そんな簡単に二分化されるものじゃない。ふとした時に思い出して死にたくなるんだ。死ぬまで。
眼の前の副会長が、まだ状況を飲み込めてないようなので、
「どうも、水をさしたひねくれ者です」自己紹介をしてあげよう。「すいませんね。毎回毎回、話の流れを遮っちゃって」
「それは……えっと……」
この副会長、アドリブに弱いタイプだな。急にオロオロし始めた。かわいい。小動物みたい。
逆にアドリブに強いのが会長である。
「その発言は俺も気になっていたよ。あの場では……まともに会話できなかったからね」
「袋叩きでしたからね」僕は肩をすくめて、「僕に対して罵詈雑言の嵐でした。『彼らの成長をムダにする気か』『せっかく乗り越えたのに』『これが成長だ』」
死ね、も言われた気がする。ここでは言わないけれど。
こうして……大盛況のまま討論会は幕を閉じたわけだ。僕の発言は冊子からはカットされて、なかったことにされた。
「発言の真意を聞かせてもらおうか」
「真意もなにもないですけど」心臓が口から飛び出しそうだ。「苦しみを乗り越えようとしたのは、被害者側でしょう。なんで加害者が乗り越えて成長したつもりになっているのか……それが納得できなかったんです」
いじめを行って、それで成長した?
万引きをして、乗り越えた?
勝手にやってろ。
「成長するなら勝手に成長すればいい。別にそれは否定しません。ですが……まじめに生きてきた被害者側より評価されるのが納得できません」
加害者の成長は称賛されることじゃない。もっともっと……まじめに生きてきた人がいるはずだ。
「これは僕の持論ですが……痛みを知っても、人は優しくなんてなれませんよ」
「なにを根拠に?」
「その痛みを知ってる人たちは、僕に罵詈雑言を浴びせたじゃないですか」今思い出しても笑える。「自分が乗り越えた痛みなんだから、あなたにも乗り越えられる。そうやって自分の意見を強要するようになるだけです」
自分のほうが辛かったとか、こっちのほうが苦しいとか……そんな意見を言うだけだ。
相手の辛さに共感することなんて、できない。
「僕の意見はそれだけです」どうしても伝えたかった。「忘れてください。まぁ、言うまでもないと思いますけど」
会長は重要じゃない言葉は記憶しないのだから。
「失礼ですよ……!」正気に戻った副会長が、「会長はそんなつもりじゃ――」
「いいよ副会長」……会長はなかなか冷静だな。「だって、彼が正しい」
「……?」
「まったくもって彼の言うとおりだよ。加害者の成長は、マイナスがゼロになっただけ。順調にプラス方向に成長している人を称賛すべき。俺もそう思っているよ。傷ついた人間が強く優しくなれるなんてのも、適当に言っただけだし」
完全に放心状態になった副会長に、
「討論会なんて、そんなものだろう? 思ってもないことを適当に口にして、相手を騙すゲームだ。声の大きいバカを共感させて、良いことを言った空気を演出すればいいだけ。とても簡単なことだよ」
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