第21話 ひねくれ者

 生徒会室は、意外と狭い部屋だった。僕たち4人しかいないのに、少し狭く感じる。


 少し緊張していた。生徒会長と話すというだけで緊張するのに、思い出したくもない討論会の冊子まで受け取ってしまった。


 ……雪落ゆきおちさんは……この状況でも平常心だな。ポーカーフェイスなだけか?


 ともあれ、僕も冊子を開く。


 タイトルは『討論会の記録』である。


 冊子を開いて、すぐに見える言葉がある。それを雪落ゆきおちさんが読み上げた。


「『痛みを知っている者は、強く優しくなれる』」

「良い言葉でしょう?」副会長は……本当に会長が好きなんだな。「一時期、学校の標語になったくらいなんですよ。テレビの取材も来たんです」

「……なるほど……」


 雪落ゆきおちさんはしばらく無言で冊子を読み進めた。僕も他にやることがないので、一緒に冊子を読んでいた。


 僕は討論会に参加していたから、読まずとも内容は知っているが……まぁわざわざ言い出すことでもあるまい。


 沈黙に耐えられないのか、副会長が言う。


「討論のテーマは『成長』でした。多くの失敗や挫折がある世の中で、どうやって成長するのか。成長とはなにか。それらのことが話し合われました」

「……」雪落ゆきおちさんは思う所あるのか、相槌は打たなかった。ただ冊子の内容を読み上げる。「『討論の最中に、1人の男子生徒が『自分は成長という言葉が嫌いだ』と告白を始めた』」


 今にして思えば……その人はおそらく運営側の人だったのかもしれない。討論を盛り上げるために、あえて反対方向の意見を出す人だったのだろう。


「『自分は野球をプレイしていたが、結局成長せずにやめてしまった。時間をムダにしたと思ったし、これからも成長なんてしないのだと絶望してしまった』」順調につまらなく進んでいた討論が動き出した言葉だった。「『それに反応したのが、他校の女子生徒』」


 この辺から僕は、ああさっさと討論会が終わらないかな、と思っていた。そうやってボーっとしてたから、ちょっとした失言をしてしまったわけだ。


 僕の失言が出るのは、もう少しあとのお話。


「『問題は絶望したことではなく、その絶望を乗り越えたということ。絶望を乗り越えてその体験をこの場で話せた。それが成長』」その女子生徒の言うこともわかる。「『私もかつて失敗をしたことがある。いじめをしてしまって、相手を不登校にしてしまったことがある。今では相手とも和解をして、成長したと自覚している』」


 僕は黙って雪落ゆきおちさんの声を聞いていた。


「『他にも討論会の会場には万引きをしてしまった生徒がいた。しかししっかりと罪を受け止め成長したと発言をした。あの経験があったから今があると断言した』」別に間違ってはいないのだろうけど。「『それらの発言を取りまとめたのが、本校の木五倍子きぶし生徒会長である』」


 ようやく会長の出番だ。


「『失敗や罪を乗り越えた人間は強く、優しくなれる。今こうやって議論して、他の人達を救っている。万引きやいじめ、それらを乗り越えて成長した。その痛みを知っている者は、きっと優しく強くなれる。これからの未来が、成長が楽しみで仕方がない』」

「良い言葉でしょう?」副会長が言う。「苦しんだ人だからこそ優しくなれるんです。そしてそれが強さだと……会長は失敗を受け止める大きな器を持っている。きっと会長自身も、大きな傷を乗り越えた人物なんです」

「……なるほど……」

「会長の言葉に会場は拍手喝采でした。この討論会が終わりを迎えようとしている中、誰もが会長の言葉に聞き入っていました」


 それは僕も知っている。多くの人が陶酔したような目を会長に向けていた。


 ちょうど、今の副会長みたいな目だった。


「泣いている人もいましたよ。自分の成長を受け止めてもらえて嬉しかったんでしょう」

「……」雪落ゆきおちさんは冊子から目を離さずに、「『こうして大盛況のまま、討論会は幕を閉じた』」


 ……


 ……


 あれ? 僕の失言はなかったことにされている? 


 僕は他のページを見てみるが、どこにも僕の発言が見当たらない。やっぱりカットされているらしい。


「素晴らしい討論だったと称賛されていましたよ。とはいえ……一部のひねくれ者には響かなかったようですが」副会長は討論会の様子を思い出して、「会長の討論に水をさしたひねくれ者がいるのです。冊子には掲載されていませんが……なにか発言をした生徒がいるんです」


 どうも、水をさしたひねくれ者です。たぶん僕のことです。


「たしか……えっと……」副会長はひねくれ者の発言が思い出せないようだ。「なんという発言でしたっけ……えーっと……たしか――」

「乗り越えたのはあなたじゃない、そう言ったんですよ」

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