第20話 『討論会の記録』

 恐る恐る生徒会室に入ると、


「会長」メガネをかけた女子生徒が部屋の中にいた。「ダメですよ会長」

「……なにか怒らせることをしたかな……」

「会長はモテるんですから。あんまり女の子に優しくばかりしていたらダメですよ」

「……そんなこと言われても……」生徒会長という役職上、優しくしないのは不可能だろう。「じゃあ、どうすればいいんだい?」

「さっさと彼女を作ったら良いんですよ。近くに良い同級生がいますよ」


 ……この人も会長狙いなのか……本当に木五倍子きぶし会長はモテるんだな。まぁこれだけイケメンなら当然か。


「考えておくよ」木五倍子きぶし会長は彼女の言葉を軽くいなして、「今は生徒会としての仕事中だから。よろしく頼むよ、副会長」


 副会長……このメガネをかけた美女が副会長なのか。吊り目で……雪落ゆきおちさんとは違うタイプの美人だ。罵倒されたい。


「さて……座ってくれ」木五倍子きぶし会長はイスに座って、「要件はなに? 察するに……初恋の人探しを手伝ってほしい、という感じかな?」


 イスに座りながら、雪落ゆきおちさんが答える。


「半分正解です」

「じゃあ、残りの半分は?」

「初恋の人があなたなんじゃないか、ということを確かめに来ました」

「俺が? その可能性は考慮してなかったな……」ということは、会長も違うのか……? 「……現状、思い出せないんだけど……うーむ、忘れてるだけかな……」


 可能性はある。何度も言うが10年前の記憶なのだ。木五倍子きぶし会長のほうが年上とはいえ、子供だったことに変わりはない。

  

 会長は言う。


「10年前だよね。なにか、手がかりはある? 初恋の人の容姿とか……」

「……私もあんまり覚えてなくて……」

「それもそうか……10年前だからね……仮に覚えていたとしても、手がかりにはならないか……」


 雪落ゆきおちさんみたいな髪型じゃない限り。


 記憶の手がかりとして、雪落ゆきおちさんは例の言葉を提示する。


「その人との間に合言葉があるんですが……心当たりはありますか?」

「残念だけど、まったくないね」じゃあ可能性がある。「合言葉か……その場で即興で考えたのかい? あぶり出しの方法としては、ちょっと無理があるんじゃないかな」

「……そうみたいですね……」


 この短期間で2人に見抜かれてしまった。それでも……この間の粗暴な先輩には効果があったので、無意味だったわけじゃないけれど。


「10年前、10年前……」会長が天井を見て、「なにをしていたかな……そんな大げさな出来事はなかったと思うけど……」


 僕もそうだ。普通に過ごして普通に生きていた。河原での事件はあったけれど、それも所詮はニュースの中の出来事だ。


 となると会長もハズレか……

 

 そう思っていると、


「会長の記憶は、あまり信用なさらないほうが良いかと」副会長さんが紅茶を用意してくれた。「かなり適当な記憶力をしてらっしゃいますから」

「重要なことは覚えているよ」

「はい。ですが逆に……会長がと判断したものは記憶されていません」

「他の人も、そんなものじゃないかな……」

「会長の場合、度が過ぎるんですよ」……なんかこの2人、夫婦みたいだな……会長は尻に敷かれている。「普段はあんなに優秀なのに……他のことは適当なんですから」


 そう言って、副会長は棚から冊子を2つ取り出した。


「この間の討論会のことだって、ろくに覚えてなかったじゃないですか。最初の取材のとき、ほとんど私が答えたんですからね」

 

 取材が来るほどに良い討論会だったようだ。僕もいたけれど……そんなに良い討論会だっただろうか?


「あんなに反響があると思わなかったから……」


 自分の討論内容を忘れていたらしい。


 しかし……なぜ急に討論会の話題になったのだろう、と思っていると、


「私はもっと、自慢したいのですよ」会長の偉業を自慢したいらしい。「うちの会長は、こんなにも優秀だと吹いて回りたいんです」

「そ、そうなんだ……」会長も苦労してそうだな。「誤情報を広めるのは、あんまり感心しないな」

「会長はそうおっしゃるので、こうやって冊子を渡しています」


 そう言って、副会長は冊子を僕と雪落ゆきおちさんに一枚ずつ手渡した。


 タイトルは『討論会の記録』というシンプルなもの。


 副会長は満足そうに、


「こうやって冊子を渡すだけなら、事実を教えているだけでしょう?」言ってから、副会長は僕たちに向き直る。「そちらは討論会の内容をまとめたものとなっております。ぜひ御覧ください」


 討論会の内容か……思い出したくないけれど、僕のことなんてどうせ大幅にカットされているだろう。


「……」


 雪落ゆきおちさんが無言で僕の顔をチラッと見た。『読んでいいのか』ということを確かめてくれたのだろう。


 僕がうなずくと、


「拝見いたします」


 そう言って、雪落ゆきおちさんは冊子を開いた。

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