第17話 抽象的ですが

 雪落ゆきおちさんの初恋の人が僕だったら良かったのに。


 何度その言葉が頭に浮かんできただろう。何度その考えを追い出しただろう。


 考えてもムダなことはわかっている。なのに後悔している。10年前の自分がどうして雪落ゆきおちさんと出会っていなかったのか、そう考えてしまう。


 もう言い訳のしようがないくらい、僕は恋をしていた。僕の知っている日常から遠く離れた場所にいる転校生に、心を奪われていた。


 でも表情には出さない。僕の気持ちなんて伝えても、雪落ゆきおちさんを困らせるだけだ。だって彼女には運命の相手がいるのだから。


「なかなか、見つからないね……」

「そうですね……」


 僕たちは校舎を歩いて、しらみつぶしに声をかけていた。


 しかし……当然そんなことで見つかるわけもない。さすがに途方に暮れてきていた。


「ちょっと休憩しようか……」僕は自動販売機の前で、「なにか飲む? おごるよ」

「いえいえ……手伝ってもらっているのですから、私が払いますよ」

「いやいや、ここは僕が」

「いえいえ……」


 しばらく不毛なやり取りをしてから、結局はお互いがお互いのお金を出すことになった。まぁ……そっちのほうが後腐れなくて良いかもしれない。


 雪落ゆきおちさんが選んだのは缶のコーンポタージュだった。


 ……


 夏だというのに、わざわざ熱いものを……


「好きなの?」

「はい。大好物です」夏に飲むくらいには好きらしい。「さすがに真夏は飲みませんけど……これくらいの暑さなら飲みます」


 今でもそこそこ暑いけどな。季節的にはもう夏だけどな。


 しかし……なんとも美味しそうに飲むものだ。愛おしそうに缶を抱えて、蕩けそうな顔でコーンポタージュを飲んでいた。

 

 ……本当に好きなんだな。僕はそこまで好きだと言い切れるものがないから、ちょっと羨ましい。


 そして雪落ゆきおちさんは缶の中にある粒を器用に飲み干した。雪落ゆきおちさんが缶を振ったときに音がしなかったから、中身は完全に空なのだろう。


 ……コーンポタージュの粒って、なかなか飲みづらいと思うんだがな……さすがに飲み慣れているようだ。


「美味しかった……」雪落ゆきおちさんは満足そうに、「ここのコーンポタージュ、美味しいですね」

「……そうなんだ。今度、僕も飲んでみようかな……」そこまで言われると気になってきた。「さて……これからどうしようか」


 いつまでもコーンポタージュ談義をしているわけにもいかんだろう。


「そうですね……このまましらみつぶしでも良いんですが……」最終的にはそうなるかもしれない。「ちょっと、的を絞ったほうが良い気がしてきました」

「そうかも……」このままでは単純作業すぎてつまらない。「どうやって的を絞る?」


 10年前の記憶だ。そう簡単に思い出せるわけがない。


 雪落ゆきおちさんみたいに容姿に特徴があるならまだしも……おそらく運命の相手の容姿に特徴はない。もしも特徴的な容姿なら、すでに雪落ゆきおちさんが口にしている。


「そうですね……抽象的ですが……でしょうか」

「優しそうな人か……あるいは、逆に粗暴な人か」

「そんな感じです」


 さっきの先輩たちにみたいに、粗暴ゆえに簡単に話しかけてくる人だっている。ターゲットは優しい人だけとは限らない。


「まぁまとめるなら……目立つ人を中心に、って感じかな?」

「そうなりますかね……たぶん、なにかしらの中心人物になっている気がします」


 見ず知らずの女の子に惚れられるくらいなのだから、相当なカリスマ性があるのだろう。


「となると各部の部長とか、委員長とか……生徒会長とかかな……」


 その辺に話を通せば、その後にも役に立つだろう。仮に目当ての相手じゃなくても、手伝ってもらえたら大戦力だ。


「はい……行ってみましょう」


 というわけで……


 まずはこの学校で目立っている人に声をかけることにした。 

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