第16話 絶対にウソだよね

 怖い先輩たちから逃げて、僕と雪落ゆきおちさんは校舎にまで戻ってきた。


 ここまで逃げれば、先輩たちも大きくは動けないだろう。他の生徒の目があるからな。


「すいません……助かりました。ありがとうございます」


 雪落ゆきおちさんは僕に頭を下げる。


「いや……偶然通りかかっただけだよ」自分でも苦しい言い訳だと思いながらも、「美人は大変だね」

「褒めてもなにも出ませんよ?」

「それは残念」まったく残念じゃないけれど。「とにかく……ああやってウソをついて雪落ゆきおちさんに近づこうとする人がいるみたいだね」

「そうですね……予想はしていましたけど、思っていたよりも多いのかも……」


 本当に美人は大変だな。


 ともあれ……ニセの初恋の人が現れることも予想していたようだ。


「だから合言葉なんて用意していたんだね」

「そうですね」雪落ゆきおちさんは僕に微笑んで、「チャレンジしてみます?」

「僕は雪落ゆきおちさんの初恋の人じゃないよ」チャレンジするまでもない。「でも、合言葉の答えはわかるよ」

「……なんだと思います?」


 僕は周りの人間に聞かれていないことを確認して、


「合言葉なんてない……そうでしょ?」

「その根拠は?」

「10年前に出会って、思いも伝えられずに別れた。そこまで長い時間交流していたわけじゃない。そんな中、長い年月を経て再開したときのための合言葉? 決めてるわけがないよ」


 本当に合言葉が存在するのなら、もっと大々的に宣伝をするだろう。だってその合言葉を知っている人間が初恋の人でほぼ確定するのだから。


 僕は続ける。


「なのに、さっきの先輩は合言葉を知っていると答えた。絶対にウソだよね。だから……あの先輩は初恋の人じゃない」

「……驚きました……」多少は見直されたようだ。「ずいぶんと、賢い方なんですね」

「それほどでもないけど」褒められるのは慣れていない。「とにかく……さっきみたいに雪落ゆきおちさんにすり寄ってくる人は多いと思う。合言葉だけじゃ……ごまかしきれないかも」


 僕みたいに合言葉がないことを見破る人は多いだろう。


 しかし、


「大丈夫ですよ」それも想定内みたいだ。「他にも防御策はあります。その防御策を全部かいくぐることができたら……その人が例の人物です」

「……なるほど……」僕は軽い気持ちで、「じゃあ、心配はいらなかったみたいだね……」


 他にも騙そうとしてくる輩はいるだろうけれど……まぁ雪落ゆきおちさんなら大丈夫か。案外したたかみたいだし。


 そう思っていると、


「ありがとうございます。心配してくれていたんですね」

「え……? あ、それは……」別に隠すことじゃないのだが、なんか恥ずかしい。「まぁ、そうだね。一応……知り合いだし」

「優しい人なんですね。ありがとうございます」


 ……


 褒められるのは苦手だ。好きになってしまいそうになる。


 さっさと話題を変えなければ。


「そんなことより……初恋の人探しはどうするの? せっかくだし、このまま手伝うよ」

「いいんですか? ありがとうございます。今日は用事がなくなって暇だったので……ありがたいです」クラスメイトと一緒に帰る約束がなくなったんだったな。「とはいえ……手がかりがないのは確かです。現状ではしらみつぶしくらいしか方法は思いつきません」

「それでもいいよ。また誰かに絡まれるかもしれないし……よかったら一緒についていく」


 というわけなので……なぜか一緒に行動することになってしまった。


 ……


 完全に……未練たらたらである。全然雪落ゆきおちさんを諦められていない。

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