第15話 合言葉はなんですか?

 教室を出て廊下を見回すが、すでに雪落ゆきおちさんの姿は見えなくなっていた。


 しかし、生徒たちがざわついている方向に行けば雪落ゆきおちさんに行き着くだろう。5人の大男が美少女を無理やり引っ張っているのだ。そこそこの騒ぎになっているはずである。


 そして移動するのは人の少ない場所だ。なんとなく想像はできる。


「旧校舎、だよな」


 この学校には旧校舎がある。今は使っていないが、生徒数の増減に伴って使われる可能性もあるらしい。その場所が旧校舎と言われている。


 おそらく目的地はそこだ。あそこなら人もほぼいない。


 生徒たちがザワザワしている方向に早歩きで移動していくと、案の定旧校舎あたりに行き着いた。やはり人に見られたくないことをするときは、ここだよな。


 さてその旧校舎の校舎裏に回ると、


「なぁ、いいだろ?」先輩の声が聞こえてきた。どうやらビンゴらしい。「10年前に出会って、こうして高校でも出会えた。これは運命だ玄羽くろば


 僕は校舎に隠れて様子をうかがう。もしかしたら本当に初恋の人本人かもしれないのだ。うかつに手出しはできない。


 しかし雪落ゆきおちさん……冷静だな。5人の力自慢に囲まれているのに、怯えた様子は見えない。強がっている、のだろうか。それとも危機察知能力が弱いのだろうか。


「……運命、ですか」壁に押し付けられた状態の雪落ゆきおちさんが言う。「もう一度だけ聞きますね。あなたは……本当に10年前の人ですか?」

「当然だろ?」

「では、合言葉はなんですか?」……合言葉……そんなものがあるのか……? 「10年前の……私とその人物だけが知る合言葉です。その合言葉を伝えられたら、あなたが初恋の人だと認めます」


 ……合言葉……その言葉とはなんだろう。ある程度の予測はできるけれど。


「ああ、覚えてる覚えてる」先輩は明らかなウソをついて、「忘れないようにメモしてある。それは家にあるから……帰ったら確認するよ」

「なるほど……」そこで雪落ゆきおちさんは先輩の手を振り払って、「申し訳ありません。あなたは私の初恋の人ではないようです」


 ……

 

 なるほど。なんとなく合言葉というものの意味がわかった。


 だが先輩にはわかっていない様子で、


「なに言ってんだよ。覚えてるって言ってるだろ? だから――」


 先輩が初恋の相手じゃないと確定した段階で、もう様子見をする必要はない。雪落ゆきおちさんも困っているようだし。


雪落ゆきおちさん」僕は校舎の陰から出て、「探したよ。こんなところにいたんだね」


 雪落ゆきおちさんに話しかけたのだが、反応したのは先輩だった。


「ああん? なんだお前?」

「僕はただのクラスメイトですよ」残念ながら運命の人じゃない。「ちょっと雪落ゆきおちさんに用事がありまして」

「用事? そんなもん、あとにしろよ」

「急ぎの用事なんですよ」言った瞬間、僕は先輩たちの背後を見て、「あ……先生」


 僕の言葉を受けて、先輩たちは大慌てで振り返った。そうやって慌てるということは、やましいことをしていた証拠だ。


 しかし、振り返った場所には誰もいない。教師なんて影も形もない。


「……?」


 先輩たちが困惑している間に、


「失礼します」


 雪落ゆきおちさんが先輩たちの間をすり抜けて、僕の近くまで寄ってきた。なんか子犬みたいでかわいかった。


 しかし雪落ゆきおちさん……運動神経は悪いが、戦術理解度は高いらしい。僕が先輩たちの気を引いた瞬間に、あっさりと先輩の包囲を脱出してしまった。


「な……! おい!」


 先輩たちは追いかけようとしてくるが、もう遅い。


 僕は言う。


「いいんですか? そろそろ、人が集まってきますよ?」

「……」


 先輩たちは立ち止まって、苦々しい顔で僕を睨んできた。

 

 僕の言葉は当然ハッタリだ。こんな旧校舎のウラに人が集まってくるとは思えない。

 

 なんで先輩たちは僕の言う事を信用してくれるのだろう。さっきの先生のくだりも嘘だったのに。


「では、失礼いたします」


 僕はそう言って、校舎に戻った。


 雪落ゆきおちさんは……律儀に礼をしてから、僕のあとに続いた。

 

 ……


 ……


 ああ……


 怖かった。

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