第14話 河原で会ったじゃないか

 そのまま放課後になって、


「ホントごめん!」とある女子生徒が雪落ゆきおちさんに頭を下げていた。「部活で呼び出されちゃって……一緒に帰るって約束したのに……」


 なるほど。一緒に下校しようと約束していた女子か。その子に急用が入り、下校できなくなってしまったと。


 まぁそんなこともある。女子生徒は申し訳無さそうだが、雪落ゆきおちさんは気にした様子もない。その程度で怒る人じゃないだろう。


 ともあれ雪落ゆきおちさんの今日の予定がなくなった。だからって僕には関係ないけれど。強いて言うなら、少年と引き合わせるのは今日でも良かったというだけ。


 今日は雪落ゆきおちさんはどうするのだろう。昨日は転校の手続きやらで忙しそうだったから、本格的に人探しを始めるとしたら今日からだろう。


 ……


 なんか僕、気がつけば雪落ゆきおちさんのことを考えているな。完全に恋をしている。良くない傾向だ。さっさと未練を断ち切らないと。


 なんてことを考えていると、


「あれか」


 なんかガタイの良い男子生徒たちが教室に入ってきた。


 教室がざわつく。入ってきたのは……おそらく先輩だ。背が高くて筋肉質の……5人ほどの先輩。


 明らかに友好的な会話をしに来たんじゃない。なにかしら悪い企みをして侵入してきたようだった。


 とはいえ教室に入るのは罪でも校則違反でもない。教室は不穏な空気に包まれながらも、静寂を保っていた。


 さて先輩たちは何をしに来たのだろう。友達と楽しく遊ぶ……なんて雰囲気じゃないよな。面倒事に巻き込まれないうちに、さっさと逃げようかと思っていると、


玄羽くろば」先輩たちは雪落ゆきおちさんを取り囲んで、「久しぶりだな。見違えたぞ」


 どうやら先輩たちの狙いは雪落ゆきおちさんらしい。雪落ゆきおち玄羽くろば、がフルネームだった。僕は忘れていた。

 

 先輩は雪落ゆきおちさんと知り合いなのだろうか、と思って見守っていると、


「……?」雪落ゆきおちさんが首を傾げて、「申し訳ありませんが……どこかで会ったことがありますか?」

「水臭いな。俺のことを忘れたのか? 10年前に河原で会ったじゃないか」


 その言葉に教室がざわつく。このクラスの生徒なら、10年前の河原という単語に反応しないわけがない。


 雪落ゆきおちさんの初恋の人……それがこの先輩なのだろうか。雪落ゆきおちさんの噂を聞きつけてやってきたのだろうか。


 本物、だろうか。


「まぁ……!」雪落ゆきおちさんはまったくビビった様子はない。「それは本当ですか? すいません。私も記憶が曖昧で……ちょっと確信が持てないのですが……」

「もちろん本当だ。俺はよく覚えてる」

「なるほど……でしたら――」


 雪落ゆきおちさんの言葉の途中で、先輩が彼女の腕を乱暴に掴んだ。


「ここで話すのも、人が多くて恥ずかしいだろ? ちょっと、こっちに来いよ」

「え……? いえ……」


 抵抗する間もなく、雪落ゆきおちさんは先輩たちに連れられて教室を出ていった。


 そしてその瞬間、教室の喧騒が大きくなる。


「初恋の人って、あの先輩……?」「ホント? 結構悪い噂を聞く人だけど……」「大丈夫かな雪落ゆきおちさん……」


 ……


 そもそも本当に初恋の人なら、5人の集団で来る必要もないだろう。とてつもない恥ずかしがり屋さんだったのだろうか。緊張のあまり粗暴な言葉遣いになってしまったのだろうか。


 あの先輩は……本当に雪落ゆきおちさんの初恋の人なのか? 10年前に出会ったというのは本当なのか?


 あんな人に、雪落ゆきおちさんを幸せにできるのか?


 ……

  

 ……


 ……


 乱暴されていたり、しないだろうか。


 そんな考えが頭をよぎったら、もうジッとしていられない。


 僕は誰にも気づかれないように、教室を出た。


 向かう先は……雪落ゆきおちさんのところである。

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