屋上のチェーンスモーカー

「姫に告白する。」

 屋上でタバコを吸っていた集団の1人が言った。

「やめておけよ。サイコバニーに告白するって事は、最悪命に関わるぞ。」

 返答した男子は皮肉混じりに嘲る。サイコバニー伝説を知らぬ者はこの学校にはいない。命は流石に言い過ぎだとしても、尻毛一本残さずむしり取られるのは必須。しかし、この男には通じなかった。

「それだから面白いんだ。」

 嗤われながらもこの男は決意新たに呟いた。この学校で姫に告白する意味を知らぬ者は既に学校を去っている。

「冗談じゃねえのかよ。」

 誰かがそう言うとスマホを取り出しいじり始めた。周りの男はこの男に注視しており、誰もがタバコを吸うことすら忘れている。

 ただ一人、この男だけは紫煙をくゆらせていた。


「姫路さん好きです。付き合ってください」

 と、男子が告白をした。

 クラスの男子はグループラインで知らさせていたが、実際に行われるとは思っていなかったのか、その言葉を飲み込むのに一瞬の沈黙、それから拍手喝采で男子の勇気を称えた。

「私の何処が好きなの?」

「好きなのは、危険なところ。嫌いなのは、地頭がいいところ」

 わざわざ嫌いな所を答える男子に、それを聞いていた男達は一筋の汗をかいた。

「バカなのか?あの男は。」

 クラスメイトは思わずそう呟いた。もはや誰もが挑戦すら諦めた、サイコバニー姫路りしゅうをあの男子は挑発している。

「姫路さん、一度仕切り直そう。場所は屋上。放課後に一人で来て欲しい」

「私はここでもかまわないけど」

「今ここでなら僕は勝てる。でもそれではつまらない」

「面白い」


 グランドを抜ける風は砂ぼこりを屋上まで巻き上げる。その為、多くの者は屋上へは上がらない。ここへ来るのは脛に傷のある者だけである。

 男は一人でタバコを吸っていた。そこへウサギの耳のついたカチューシャを着けた男が現れた。サイコバニー姫路りしゅうである。

「サイコバニー伝説は本当なのか?」

「私はサイコバニーと名乗ったことはないのだけど。」

「お前以外にサイコバニーがいるかよ」

 タバコを吸っていた男子は呆れたように答えた。時節は真冬。大空は底抜けに青くすんでいた。

「姫路りしゅうと付き合った三人は学校にはもういない。別にそれはいいんだけどな。あいつらの仲間の一人が僕の身内だったんだよ」

「あんたも悪人かい?」

「答える義理はねえよ」

 違法賭博を荒らす姫とそれに巻き込まれた人間の末路は語るまでもない。

 問題は巻き込まれた人間が姫路りしゅうに復讐しないわけもなく、それを悉く退けた故についた渾名こそがサイコバニーだということだ。

 賭博には賭博。ゲームにはゲームで挑むのが勝負師の矜持である。

「お前ごときが私に勝てると思っているの?」

「言っただろ。姫路りしゅうの嫌いな所は地頭が良いところだ」

 男子は吸っていたタバコを放り投げた。

「だから勝負は単純で頭を使わない物にした。ゲームは『青い春』。青春しようぜ、サイコバニー!」

 『青い春』という漫画がある。松本大洋著作のそれに出てくるゲームがあり、屋上で行われるこのゲームは青い春と呼ばれている。

 ルールは単純。柵の外に立って何回手を叩けるかを競う。失敗すれば校庭に真っ逆さまという伝説の根性試しゲームである。

「先行は僕がやる」

 と、男子が言った。柵を乗り越え天を仰ぐ。

「しあわせなら手をたたこう!」

 男子が叫ぶ。パンパンパンパン…

 計六回。屋上の縁を掴んだ男子は、そのまま柵を乗り越え姫路りしゅうに向き合う。

「姫路りしゅうさんの好きな所は、狂っているところ。これは嘘ではないですよ」

「いい根性してるよ」

 サイコバニーは屋上の柵を乗り越え縁に立つ。

 天を仰ぐ。


「しあわせなら手をたたこう!」


 男子と姫路りしゅうは同時に叫んだ。その声は学校中に響いた。

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サイコバニーVS屋上のチェーンスモーカー あきかん @Gomibako

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