悪魔の記憶ⅴ
※時空名『アナザーアース』
名もなき悪魔の、あったかもしれない可能性。
黒百合のアトリエとはまったく別の世界の、別のリリルカの物語。
ダークなお話です、ご注意ください。
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何回か巨大な魔法の矢を発射しては、
大きな部屋を通過して、
衝撃波の痕跡を目撃する。
そんな状況を何度も何度も繰り返し、
数えることも難しくなった頃。
突然、
それは起きてしまった。
「あれ……?
全部吹き飛ばなかった……?」
飛行型の魔物――
ガーゴイルと呼ばれるタイプの個体だろうか。
扉を魔法の矢で突き破ったこちらに向かって、
何体かが、石の槍を全力で投げつけてきた。
こいつらも下級の悪魔だが、
自分たちのような『心』は持っていないようだ。
何かの衝動や命令だけで動いている、
魔法が生物化したような存在。
シャノワールが、こちらとガーゴイルの間に割って入り、
手のひらの中身を強く握り潰す。
黒の結晶が割れた瞬間、
脚に凝縮された黒い闇が込められ、
石の槍を全て蹴り飛ばした。
派手に蹴り返された石の槍は全てガーゴイルに刺さり、
ほとんどの個体が消滅した。
一度きりの、
強制反撃。
「ここは、一度引くべき」
言われるがままに、
全力で駆け降りる。
全く予想外の撤退。
しかし、
遅れてやってきたシャノワールは、
焦っている様子もなく。
淡々と言葉を告げてきた。
「人間には戻れなくても、
呪いからは解放されるかもね」
「え???」
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「自分自身のことが分からないのも、
無理はないか。
いじられた本人は蚊帳の外、
ってね」
どこか遠くを見るような目線で語る、
シャノワール。
「六百六十六って何の数字か、
知ってる?」
「アインス帝国歴の――
世界の滅びが予言された年、
じゃないんですか?」
「それは魔王が倒された時に、
魔王が自力で復活するために予言を勝手に作り上げた、後づけ。
本来この数字は、
獣の数字とされる。
そして――
人間の業、そのものを指す数字」
「業……?」
「そう。いろんな因果が重なって最終的に、
人間のやったことで、魔王がよみがえる」
「そんな……」
「命を極限まで凝縮すれば、
最終的には全て血になる。
血を凝縮すれば、
真っ赤な石ができる。
魔術でも呪いでも殺意でも、何でもいい。
死や滅びを凝縮すれば、真っ黒な石ができる。
あの、黒紫色の石だよ。
この二つを極限まで――
吐き気を催すほどに凝縮すれば、
何になると思う?」
「……わかりません」
「お前だよ。リリルカ・カスラ」
「……」
「古代の氷の種族――ライム。
六千年前の世界に存在した、
冥界の扉を監視する役割だったはずの種族。
しかし彼らは増長して、
冥界の悪魔の知識を、
自分たちが不老不死になるために使った。
全て滅ぼされたとは聞いていたけど、
名を変えた生き残りがいた。
それが、カスラの一族。
六千年もの黒魔術の知識に、
集めてきた呪いや収集品の数々。
それらのほとんどが、
お前の身体に凝縮されている。
――その身体自体が、
もはや呪いなの」
今、シャノワールは六千年といった。
彼女と同じくらいの時間を、
世代を変え、
何度も呪い、
恨み、
何度も何度も積み重ねてきた、
黒魔術。
その集大成を全て、
自分につぎ込まれてしまった。
そういうことなのだろう。
最初の扉は粉々に粉砕できたのに、
先ほどの射撃ではもはや、
一つの部屋の敵を全滅すらできなかった。
それでは、もしかして。
「今まで発射した魔力は全部――
呪いの力で、少しずつ発散されてきてる?」
「その通り」
「それでも、まだ衝動は残っています。
魔力は――呪いは、残ってて。
どうしたら、いいですか」
「自分のものにしろ。
魔力も、呪いも全部。
今ならできるはず」
「……」
シャノワールが、黒紫色の結晶を渡してくる。
これを使え、ということらしい。
不慣れな手で、弓の交差点についている同色の結晶に、
この黒い結晶をかざす。
どす黒い魔力が、
弓の結晶へと充填されていく。
「ここからは持久戦。
手を抜けば、死ぬと思って。
いや、別に死にはしないけど、
最悪、一生身動きが取れなくなるかも」
自分たちは死んでいるから、
もう死なない。
それでも魔力の使い方を間違えれば、
どこかで枯渇して動けなくなる。
こんな、
本当に誰も来なさそうな塔で。
あの謎の石のように、
何もかもが風化するまで、
次の訪問者を待たされるのだろうか。
怖っ……。
ここから降りたとしても、地上に戻れるまで、
どれくらいかかるかも分からない。
外が全く覗けないから、数えることを怠った自分には、
どの高さにいるのかさえも分からない。
あわよくば下に降りたとしても、この呪いを抱え続け、
生物としては死んだまま、生き続けなければならない。
とにかく、
前に進むしかなさそうだ。
「分かりました。
死ぬ気でやります」
弓を背中に背負い、降りてきた階段を駆け上がりながら、
自ら懐に、大切な眼鏡を突っ込む。
視界が鋭くなり、理性が歪む。
しかし、その怒りは弓の矢先に向ける。
残ったガーゴイルはたったの三体。
部屋の外からは出ないよう、指示されていたようだ。
魔法の矢の連射。
一本ずつ確実に、部屋の外から、
残ったガーゴイルたちを撃ち貫いた。
そして、シャノワールがやったように、
ガーゴイルたちがいた場所に、黒い結晶をかざす。
結晶そのものを口に入れたい。
そんな衝動に駆られつつ、口に入れるが、
歯に当たったところで止まる。
今の自分がやったら、
確実に歯が折れそうだな。
息だけで吸い取るように、
闇の魔力だけを、自分の肺へと吸い取っていく。
「後のことは後で考えなさい。
今の貴女は何をどうしようと、
悪魔なんだから」
シャノワールが、
石の槍の一本を拾い上げながら、言った。
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悪魔の記憶 花恋(かれん) @sevenfold_fairy
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