悪魔の記憶ⅴ

※時空名『アナザーアース』

 名もなき悪魔の、あったかもしれない可能性。


 黒百合のアトリエとはまったく別の世界の、別のリリルカの物語。

 ダークなお話です、ご注意ください。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 



何回か巨大な魔法の矢を発射しては、

大きな部屋を通過して、

衝撃波の痕跡を目撃する。


そんな状況を何度も何度も繰り返し、

数えることも難しくなった頃。


突然、

それは起きてしまった。



「あれ……?

 全部吹き飛ばなかった……?」



飛行型の魔物――

ガーゴイルと呼ばれるタイプの個体だろうか。


扉を魔法の矢で突き破ったこちらに向かって、

何体かが、石の槍を全力で投げつけてきた。



こいつらも下級の悪魔だが、

自分たちのような『心』は持っていないようだ。


何かの衝動や命令だけで動いている、

魔法が生物化したような存在。



シャノワールが、こちらとガーゴイルの間に割って入り、

手のひらの中身を強く握り潰す。


黒の結晶が割れた瞬間、

脚に凝縮された黒い闇が込められ、

石の槍を全て蹴り飛ばした。


派手に蹴り返された石の槍は全てガーゴイルに刺さり、

ほとんどの個体が消滅した。


一度きりの、

強制反撃。



「ここは、一度引くべき」


言われるがままに、

全力で駆け降りる。


全く予想外の撤退。


しかし、

遅れてやってきたシャノワールは、

焦っている様子もなく。

淡々と言葉を告げてきた。



「人間には戻れなくても、

 呪いからは解放されるかもね」


「え???」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「自分自身のことが分からないのも、

 無理はないか。


 いじられた本人は蚊帳の外、

 ってね」


どこか遠くを見るような目線で語る、

シャノワール。



「六百六十六って何の数字か、

 知ってる?」


「アインス帝国歴の――

 世界の滅びが予言された年、

 じゃないんですか?」



「それは魔王が倒された時に、

 魔王が自力で復活するために予言を勝手に作り上げた、後づけ。


 本来この数字は、

 獣の数字とされる。


 そして――

 人間の業、そのものを指す数字」



「業……?」


「そう。いろんな因果が重なって最終的に、

 人間のやったことで、魔王がよみがえる」


「そんな……」


「命を極限まで凝縮すれば、

 最終的には全て血になる。


 血を凝縮すれば、

 真っ赤な石ができる。


 魔術でも呪いでも殺意でも、何でもいい。

 死や滅びを凝縮すれば、真っ黒な石ができる。

 あの、黒紫色の石だよ。


 この二つを極限まで――

 吐き気を催すほどに凝縮すれば、

 何になると思う?」



「……わかりません」

「お前だよ。リリルカ・カスラ」


「……」



「古代の氷の種族――ライム。

 六千年前の世界に存在した、

 冥界の扉を監視する役割だったはずの種族。


 しかし彼らは増長して、

 冥界の悪魔の知識を、

 自分たちが不老不死になるために使った。


 全て滅ぼされたとは聞いていたけど、

 名を変えた生き残りがいた。

 それが、カスラの一族。


 六千年もの黒魔術の知識に、

 集めてきた呪いや収集品の数々。

 それらのほとんどが、

 お前の身体に凝縮されている。


 ――その身体自体が、

 もはや呪いなの」



今、シャノワールは六千年といった。

彼女と同じくらいの時間を、

世代を変え、

何度も呪い、

恨み、

何度も何度も積み重ねてきた、

黒魔術。


その集大成を全て、

自分につぎ込まれてしまった。

そういうことなのだろう。


最初の扉は粉々に粉砕できたのに、

先ほどの射撃ではもはや、

一つの部屋の敵を全滅すらできなかった。

それでは、もしかして。



「今まで発射した魔力は全部――

 呪いの力で、少しずつ発散されてきてる?」


「その通り」



「それでも、まだ衝動は残っています。

 魔力は――呪いは、残ってて。

 どうしたら、いいですか」


「自分のものにしろ。

 魔力も、呪いも全部。

 今ならできるはず」


「……」



シャノワールが、黒紫色の結晶を渡してくる。

これを使え、ということらしい。


不慣れな手で、弓の交差点についている同色の結晶に、

この黒い結晶をかざす。


どす黒い魔力が、

弓の結晶へと充填されていく。



「ここからは持久戦。

 手を抜けば、死ぬと思って。


 いや、別に死にはしないけど、

 最悪、一生身動きが取れなくなるかも」



自分たちは死んでいるから、

もう死なない。


それでも魔力の使い方を間違えれば、

どこかで枯渇して動けなくなる。


こんな、

本当に誰も来なさそうな塔で。


あの謎の石のように、

何もかもが風化するまで、

次の訪問者を待たされるのだろうか。


怖っ……。


ここから降りたとしても、地上に戻れるまで、

どれくらいかかるかも分からない。


外が全く覗けないから、数えることを怠った自分には、

どの高さにいるのかさえも分からない。


あわよくば下に降りたとしても、この呪いを抱え続け、

生物としては死んだまま、生き続けなければならない。


とにかく、

前に進むしかなさそうだ。



「分かりました。

 死ぬ気でやります」


弓を背中に背負い、降りてきた階段を駆け上がりながら、

自ら懐に、大切な眼鏡を突っ込む。


視界が鋭くなり、理性が歪む。


しかし、その怒りは弓の矢先に向ける。

残ったガーゴイルはたったの三体。

部屋の外からは出ないよう、指示されていたようだ。


魔法の矢の連射。

一本ずつ確実に、部屋の外から、

残ったガーゴイルたちを撃ち貫いた。


そして、シャノワールがやったように、

ガーゴイルたちがいた場所に、黒い結晶をかざす。


結晶そのものを口に入れたい。

そんな衝動に駆られつつ、口に入れるが、

歯に当たったところで止まる。


今の自分がやったら、

確実に歯が折れそうだな。


息だけで吸い取るように、

闇の魔力だけを、自分の肺へと吸い取っていく。



「後のことは後で考えなさい。

 今の貴女は何をどうしようと、

 悪魔なんだから」


シャノワールが、

石の槍の一本を拾い上げながら、言った。



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悪魔の記憶 花恋(かれん) @sevenfold_fairy

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