第2話

喫茶店では大いに盛り上がった。

主に過去の恋愛話で。

 特に奈々子の恋愛遍歴は私にはちょっと想像することすらできないくらいで聞いているだけで楽しかった。

そんな奈々子は今現在は彼氏がいないという。

 でも近いうちに奈々子はすぐに彼氏ができると思う。そんな予感が私にはする。

「それにしても、奈々子遅いな・・・」

思わず独り言が漏れてしまった。

 今日は約束していたテニスサークルの新歓の日。

 喫茶店での帰りに大きな声で奈々子が言った。

「当日は18時に駅で待ち合わせね!!一緒に駅からお店行こうね!!」

奈々子から言ったのに時刻は18時10分だ。

「はあ、先に行っちゃおうかな」

そんなことを考えていたら改札から奈々子が走って出てきた。

「ごめ~ん絢!ちょっと準備に手間取っちゃって」

「うわ、今日の奈々子いつも以上に気合入っているね」

「え~わかっちゃう?」

息を整えながら奈々子は返答をしてきた。

黒のワンピースにもこもこしたカーディガンを着ている。

なんというか、ちょっとだけ猫のような雰囲気を感じさせる。

 化粧もいつもより薄くしているように見えて、目元はかなり気合が入っている。

チークが気持ちいつもより薄い気がする。

「さすが絢。気が付いてくれたね。今日は居酒屋で新歓でしょ?私達はまだお酒が飲めないけど、居酒屋の電気って少し顔が赤く見えるからあえてチークは薄めにしているの。いつも通りだとちょっと真っ赤に見えちゃうって言うか、若干浮くんだよね」

「ちょっと待って。今私言葉に出てた?」

「うん。ぶつぶつ言ったよ」

「うわ、何それちょっとかなり恥ずかしいんだけ」

「絢はたまーに自分の世界に入ることがあるよね」

 ニコニコしながら奈々子は私に大ダメージを与えた。

 確かに元々独り言が多い方ではあったけど、まさか友達と一緒にいる時ですらそんな風に独り言が出ているなんて思いもしなかった。恥ずかしくて熱が出そう。

「ちょっと遅れちゃったし、さっそくお店に向かおう!!」

「あ、ちょっと奈々子待ってよ!」

 遅れてきた奈々子はテンパっている私の手を引いて移動を始めた。

心の準備がままならない状態で、私は新歓に参加することになった。

「あーお疲れーー!新入生だよね?えっと一応名前聞いて良いかな?」

お店につくと、背が高い刈り上げの男性が迎え入れてくれた。

「あ、ごめんごめん。俺は3年の田谷。飲み会の場所とか選ぶ担当ね」

「初めましてー!私は1年の古谷奈々子です。で、こっちは宮村絢です」

「・・・宮村です」

「古谷さんと宮村さんね。おっけー。二人の席はあっち!もうすぐ始まるから飲み物選んでおいてね」

田谷さんに案内された場所は運がいいのか悪いのか、私が一番端っこでその隣が奈々子だった。

「なんか田谷さん、すごい明るい雰囲気の人だったね」

「そうだね。その割に圧をあんまり感じないというか、上級生ってすごいね」

 私と奈々子は上級生の男性とまともな会話をしたのが初だったのでちょっとびっくりした。それにどうしても大学のテニスサークルというとチャラい人がいるイメージが強すぎるから余計に驚きが隠せなかった。

「ねー。他に私達と同じ1年生ってどのくらい来てるんだろうね」

「うーん、わかんないね」

そんな風に二人で話をしていると正面に男性二人が来た。

「あ、どうもー。えっと二人とも1年生だよね?」

「はい!あ、私は古谷です」

「私は宮村です」

私達は先に自己紹介をした。正面に座った二人が果たして同じ1年なのか先輩なのかが全く分からない。

「あーよろしくお願いします。俺は2年の真鍋。こっちは二人と同じ1年だよ」

「どうも、田村です。文学部1年です」

男性二人も挨拶をしてくれた。1人が2年で1人が1年ってどういう関係だろう。

「あ、宮村さん・・・だっけ。どういう関係って顔してるね」

真鍋さんに見抜かれてしまった。奈々子の時と言い、私はもしかして顔に出やすい方なんだろうか。

「はい」

「私も気になりまーす!」

 奈々子もしっかりと乗り込んできた。こういう時、横に奈々子が居てくれると本当に助かる。奈々子のコミュニケーション能力は群を抜いて高い。

すると田村さんが溜息を一つついてから発言した。

「家が近所のまあ腐れ縁というか幼馴染なんですよ」

「おい宏司!腐れ縁とか言うなよ~」

「いやだって幼馴染が男って。こういうのは可愛い女の子って相場は決まってるんだよ」

「全く同じセリフをまんまお前に返すわ」

 今の短い会話で二人の関係性が見えた。腐れ縁、幼馴染と言いつつその関係性は月日を重ねた親友に近いんだと思う。というか親友だろうこれは。そして、これが私と宏司の出会いだった。正直、ちょっといけ好かない男に見えたけど、それは間違いだったと飲み会が進むにつれてわかった。

「えー!それではとりあえずそこそこの人数が集まったので、新歓を開始しまーす!幹事をやっています3年の田谷です!!乾杯の前に少しだけお話をさせてください!」

先ほど受付を担当していた田谷が手にビールグラスを持ちながら声を上げる。

「改めて私達テニスサークル、ブルーグランドの新歓に来てくださってありがとうございます!入る、入らないに関係なく今日は沢山食べて楽しんで、色々な人とつながってくださいね!周りには先輩が必ず居るように席を配置してますので色々聞いてみてください。それでは飲み物を手に取ってください!」

私と奈々子はもちろん未成年なので、ウーロン茶を手に取った。

一昔前の新歓では未成年でも平気にお酒を飲んでいたとか噂を聞いたけれども本当だろうか。

「はーい!では今日はとにかく楽しみましょう!!乾杯!!」

「「かんぱーい!!」」

カランとグラスがぶつかる音が部屋の中に広がり、各々が乾いていた喉を潤していく。

 奈々子はあっという間に場所を制圧して先輩たちと沢山話をしている。

もちろん要所要所で私にも話を振ってくれるので私も会話には参加している。

けれども、なにぶんやや人見知りしがちな性格のためなかなか会話に参加できない。

ふっと顔を見上げると田村さんと目が合った。

「えーっと・・・」

「宮村です」

「宮村さん。ごめん。色々な人の名前を聞きすぎてちょっと覚えきれなかった」

 ガヤガヤと雑音が多い居酒屋の一室なのに、田村さんの声はすーっと私に聞こえた。不思議だった。

「大丈夫です。私も多分全員は覚えきれないです」

「だよね。そういえば、宮村さんは何学部?」

「あ、そういえば言ってなかったですね。私と隣の奈々子は経済学部です」

「経済かー。なんかあれだね。俺と宮村さんの所属してる学部、人のイメージだと逆っぽいよね」

田村さんの言いたいことが一瞬わからずきょとんとしてしまった。

「ああごめん。宮村さんが文学部で俺が経済学部って思われそうだよねってこと」

「確かにそうですね」

私は思わず笑ってしまった。全くその通りだった。もっとも、私は文学に興味が無いので天地がひっくり返らない限り文学部に入るようなことは無いだろうけれども。

「だよねー。なんかイメージに合わないって言われるんだけど、本が好きでさ」

「そうなんですね」

「うん。それで本当は文学系のサークルに入りたかったんだけど、真鍋に無理やり連れてこられたんだよね」

「あー・・・状況的にはちょっと近いです。私も奈々子に半分強制的に連れてこられました」

二人揃って苦笑いをしてしまった。

「宮村さんは他に入りたいサークルとかあるの?というかここ入る?」

「えーっと、ここには入らないですね多分。ちょっと空気感が私と合わない気がしています。その他だと今のところは特にサークルは決めてないです」

「そっかー。まあ俺も多分ここには入らないかなあ」

いつの間にか二人で色々と話し込んでしまった。

 横を見ると奈々子は奈々子で先輩とがっつり話し込んでおり、田村さんの横にいる真鍋さんは席から離れてあちこちで色々な人に話をしていた。

私と田村さんの二人だけ何となくぽっかりと切り取られたような空気だった。

「あ、あのさよかったら連絡先だけでも交換しない?せっかくだし」

田村さんがふっと言った。確かに他学部の同級生と知り合う機会は中々ない。

「はい、もちろんです。せっかくだし、奈々子も含めて交換しましょう。奈々子ー!」

こうして、私と田村さんは連絡先を交換した。

その後、新歓はつつがなく終わり他にも数人と連絡先を交換した。

私と奈々子は二次会には参加せず、帰ることした。

田村さんは真鍋さんに強制的に連れていかれたようだった。

「あー楽しかった!!でも決めたよ絢!」

お酒を飲んだわけではないのに少し頬が赤くなっている。

「うん?何を決めたの?」

「私は入らない!!なんだかちょっと違った!!」

「あはははは!!なんだそれ!」

私も少しばかり大きな声で返答してしまった。

「だってなんか違ったんだもん!絢だって入らないでしょ?」

「うんまあ違ったね」

「でしょ!!だからまた別のサークルの新歓行く!!絢も付いてきて!!」

「はいはい、わかったわかった。とにかく今日は帰ろうね」

「いや!まだ少し時間あるから!!」

奈々子はかなり大きな声で私に言う。

「確かに時間あるけど」

「だからカラオケ行こ!!行くよ!!」

奈々子は私の腕を引っ張ってカラオケに向かった。

「あ、ちょっと奈々子」

「あとなんだか田村くんと良い感じな雰囲気出てたから聞くからね!!」

奈々子の言葉に顔が一気に熱くなった。

「うわ、えっとあのなんもないよ!」

「詳しくはカラオケで!」

そうして私は奈々子にカラオケに連れていかれた。

 これが私と田村さんとの邂逅だった。よくある、ごくごく普通の大学生の出会いだったと思う。特別なことは無いけれども、不思議と落ち着く雰囲気で何かとてもまた会いたいと思ったのは内緒だ。もっとも、奈々子にはすべてを話してしまったけれども。

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沈黙と恋人 深見九曜 @yawaitu778

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