僕は女子のために裸になり、もっとひどいことをやらされた
生出合里主人
僕は女子のために裸になり、もっとひどいことをやらされた
「え?」
「え、じゃねえよ。土下座しろって言ってんだよ」
中学三年生の僕、
彼女たちはクラスの支配者で、普段から僕をいじめている。
中でも「女王」と呼ばれる女子は、僕を目のかたきにしていた。
「なんで土下座しないといけないの?」
「お前の母親、夜の店で働いてるだろ。アタシの父ちゃんがさあ、お前の母親を誘ったら断られたって怒ってたんだ。お前の母親、お水のくせに断ってんじゃねえよ」
女王の父親は離婚する前から、シングルマザーである僕の母親につきまとっていた。
母親は迷惑だったみたいだけど。
「そんなの、僕とは関係ないじゃん」
「お水の息子のくせに、口答えしてんじゃねえよ!」
僕はしかたなく土下座した。
命令に従わないと、余計にひどいことをされるから。
昼休みの校庭は、遊んでいる生徒でいっぱいだった。
「お前、脱げ」
「えっ」
「裸になれって言ってんだよ!」
「そんなことできないよ」
「言うことを聞かないなら、また親の金を持ってこさせるよ」
「それはいやだけど、みんなの前で裸になるなんて」
「お前さあ、
同じクラスの相良さんは、僕が中一の時から憧れている女子だ。
見た目は地味だけど、嫌われ者の僕にも平等に接してくれる優しい子。
「そんなこと、ないよ」
「お前が裸にならないなら……」
僕は天を仰いだ。
もう命令に従うしかない。
僕はしかたなく、制服を脱いでいった。
女子たちのせせら笑う声が聞こえる。
「なにその貧相な体ぁ」
「早く下着も脱げよっ」
涙が出そうだったけど、僕は歯を食いしばった。
男は人前で泣いちゃいけない。
「いやだ~、汚ーい」
「なんか、小さくない?」
「あれって包茎ってやつじゃーん」
女子たちは腹を抱えて笑っている。
周囲の生徒たちも気づきはじめて、人だかりができていた。
「ほら、裸のまま走ってみろよ」
「次は逆立ちしてみな。……できねえのかよっ」
僕は言われたとおりにした。
命令は繰り返され、笑い声は尽きなかった。
「お前さあ、一人エッチしてみろよ」
「キャハハハハ、それサイコー!」
「それだけは……それだけは、勘弁して」
「いつも相良のこと考えて、やってるんだろ」
「やってないよ」
「ウソはいけないって、習わなかったの~?」
「いいから早くやれよ。マジでやっちまうよ」
自分の歯がカタカタ震えているのが聞こえる。
僕に選択肢はない。
僕は男の大事なところを握り、前後に動かした。
だけどこんな状況で、元気になるはずもない。
「うわっ、男子がしてるとこ、初めて見た」
「ウゲッ、アタシ吐きそう」
観衆の盛り上がりは最高潮に達している。
円の中心にいる僕は、もうなにも考えられなくなっていた。
「こいつ、全然大きくならないじゃん」
「こういうのって、インポっていうんだっけ」
「十代でもうインポかよっ。男として終わってるじゃん。少子化に謝れよっ」
男としてっていうより、人間として終わってる。
僕は命令している女子たちより、自分のほうがダメな人間だと思った。
「ヤバい、先生来た!」
筋肉のかたまりみたいな体育教師が走ってくる。
これでこんなことやめられる、って僕は思った。
「先生、小股君がぁ、いきなり裸になったんですぅ」
「先生を呼ぼうって思ってたらぁ、アタシたちの前で変なこと初めてぇ、アタシたちビックリしちゃってぇ」
「いや、僕は……」
「お前、なんてことしてんだ!」
僕はいきなり殴られた。
裸のまま押し倒され、さらに殴られる。
「こんなことして恥ずかしくないのか! お前は人間のクズだ! 俺が根性たたき直してやる!」
そうだ。
この教師は僕がいじめられているところを見ても、いつも見て見ぬふりをしている。
それどころか、笑ってさえいた。
僕にはわかる。
こいつもかつて、いじめっ子だったってことが。
殴られ続ける僕の視界に、教室にいる生徒たちの姿が入ってきた。
大勢の生徒たちが、こちらを見て騒いでいる。
その中に、相良さんの姿もあった。
顔をしかめているのがわかる。
あーあ、これで完全に嫌われたな。
もう二度と話してくれないだろう。
昼休みが終わると、観衆たちは散っていった。
服を着て、僕は屋上へ向かった。
べつに、死のうと思ったわけじゃない。
ただ足が勝手に、僕を屋上へ行かせただけだ。
僕は果てしなく広がる青空を見上げながら、外の世界との境界である金網をつかんだ。
この金網の向こう側は、どこまでも自由な世界だ。
その時、背後から力強い声が響いた。
「小股君!」
息を切らしながら立っているのは、三十代男性の社会科教師だった。
いつも「戦争はよくない」とか「差別はいけない」とか、堅苦しいことばかり言って生徒のひんしゅくを買っている、クソまじめな教師だ。
「なんですか」
「小股君が教室じゃなく、屋上へ向かったと聞いてね」
「ちょっと気分が悪いもんで」
「なにがあったのか、先生に話してくれないか」
「いいんです。全部僕が悪いんですから」
社会科教師は苦しそうに目を閉じ、考え込んでいた。
「授業なんか出なくていい。保健室で休んでな」
僕はとにかく教室に行きたくなかった。
だから、先生の言うとおりにした。
放課後僕は、職員室の隣にある会議室に呼び出される。
そこには、校長をはじめとして十人くらいの教師たちがいた。
定年が近い男性の担任が、あきれた顔で僕を問いただす。
「小股君、なんでそんなバカなことをしたんだ」
「僕は、命令されたんです」
僕はもうどうでもよかった。
どうでもよかったから、事実をありのままに話した。
どうでもよくなかったら、とてもじゃないが話せない。
「ウソをつくのはやめなさい! そんなこと、女の子がやらせるわけないでしょ!」
三十代女性の副担任が、怒りをあらわにして叫んだ。
他の教師たちも、だいたい怒っているみたいだった。
「待ってください。彼がウソをついていると決めつけるのは、良くないんじゃないでしょうか」
反対意見を述べたのは、さっき僕に声をかけた社会科教師だった。
「ですがこの生徒が自分から裸になって、その……極めてふしだらな行為をしていたんですよね?」
副担任の問いに、体育教師は腕を組みながらうなずいた。
「それは女子生徒から聞いた話ですよね。その子たちがウソをついているのかもしれません」
「先生はなんでこの生徒の肩を持つんですかっ? こういうのは男が悪いに決まってるじゃないですかっ」
副担任はなにかを思い出して怒っているようだった。
「性暴力やセクハラなどにおいては、性別よりも力関係が重要なんです。男性に加害者が多いのは、腕力や立場で女性よりも優位に立っている場合が多いから。地位や人数によって女性のほうが優位に立っていれば、加害者になる可能性はあります」
「ですが性的な問題で傷つくのは、圧倒的に女性のほうじゃないですかっ。性の弱者である女性を守らなくて、どうするんですかっ」
「ええ。傷つくのは圧倒的に女性のほうです。だから女性を優先して守るべきだと、わたしも思います。しかしだからといって、男性が被害を受けても知らぬ存ぜぬというのは、いかがなものでしょうか」
「男性が女性から性暴力やセクハラを受けるなんて、あるわけないじゃないですか。わたしはそんな話、聞いたことありません」
社会科教師が深呼吸をしている。
冷静をよそおっているけど、僕には震えているように見えた。
「ではお話しします。わたしは中学生の時、女性から性暴力を受けました。女子生徒の集団に強姦されたんです」
社会科教師の突然のカミングアウトに、他の教師たちが目を丸くしている。
「そんな話、とても信じられないわ。仮に本当だったとしても、男性なら女性ほど深刻な問題にならないでしょ」
「確かに身体的なダメージは、女性のほうがはるかに大きいでしょう。ですが精神的なダメージは、男性にだってあるんです。あれから二十年以上経ちますが、僕はいまだに女性とお付き合いすることができません」
教師たちがコソコソ話したり、クスクス笑ったりしている。
「童貞」っていう言葉も聞こえた。
「わたしは認識をあらためるべきなのかもしれません。でも先生、女性の人数が多かったとしても、男性の体力なら逃げることくらいできるでしょう」
「男性であっても、恐怖で委縮してしまうことはあります。状況が飲み込めず、どうすればいいのかわからない場合もあるでしょう」
「小股君はどうだったの? なんで断れなかったわけ?」
本当のことは言えない。
実際、怖かったし。
「怖くて、逃げられませんでした」
「情けない」
「それでも男か」
そんなつぶやきが聞こえる。
「お前本当は、楽しかったんじゃねえのか? だったら病院で診てもらったほうがいいぞ」
体育教師がそう言うと、まわりの教師たちから笑いが漏れた。
「先生、それが教育者の言うことですか!」
「俺はこいつのために言ってるんですよ」
「本当に生徒のためだと、胸を張って言えますか!」
体育教師と社会科教師の言い合いから、場は乱れた。
みんなが勝手に自分の意見を言うだけで、僕のことは放置している。
「まあまあ皆さん、お静かに」
それまでふんぞり返っていただけの校長が、自分の権力を誇示するかのように声を発した。
「先生に良き伴侶が見つかることを、期待していますよ」
校長の言葉に、何人かの教師がふき出した。
社会科教師は顔を真っ赤にしながら、必死に耐えているようだった。
「わたしのことはいいんです。彼のことだけを考えてあげてください」
「まあ中学生は非常に難しい年頃ですからね。今回は特別に、不問にしてあげる、ということでいかがでしょうか」
教師たちはなにも考えていないような顔でうなずいた。
ただ一人、社会科教師だけを除いては。
「校長先生、それではなにも解決しません。きちんと調査をして、事実を明らかにすべきではないでしょうか」
「その生徒がわいせつな行為をしたとしても、させられたとしても、どちらにせよ問題が明るみになれば、非難されるのは我々教師なんですよ」
「生徒を悪質ないじめから守ることは、我々の義務ではありませんか?」
「この学校にいじめなど存在しません。子供らしくふざけていただけでしょう」
「いつまでもそんなことを言っているから……」
「先生、反対しているのは先生だけなんですよ。大人なら多数決に従ってください。それが民主主義というものです。先生がいつも教えている、素晴らしい民主主義ですよ」
社会科教師は悔しそうに下を向いた。
他の教師たちは早くも席を立っている。
会議室を出ると、社会科教師が僕に近寄ってきた。
「力になれず、申し訳ない。でも先生にできることがあれば……」
僕は無言のまま頭を下げて、その場を立ち去った。
背後から先生の声が響く。
「こんな学校、もう来なくていい! 先生がなんとかするから!」
大人の中にも、味方になってくれる人っているんだな。
でもたったの一人かよ。
結局人間って、自分で経験しないとわからないんだ。
人のことを想像するのって、難しいもんな。
僕はもう、この学校に来るのはやめよう。
親に心配かけたくなくて学校には来ていたけど、さすがにもううんざりだ。
このままこの学校にいたら、僕は殺されてしまうだろう。
僕は同級生たちに見つからないように、そっと学校を出ていこうとした。
「小股君」
女子に声をかけられて、僕はひどく驚いた。
でも振り返ってみると、そこにいたのは相良さんだった。
「良かった。無事だったんだね」
そうか。
先生を屋上に来させたのは、相良さんだったのか。
「小股君は、あんなこと、むりやりさせられたんだよね? きっと怖くって、断れなかったんでしょ? わたしにはわかるよ」
あの時、女王は俺に言った。
「お前が裸にならないなら、男子にお願いして、相良を襲わせるよ」
こいつらならやりかねない、と僕は思った。
そもそも僕を標的にする前は、相良さんをいじめていたんだから。
だから僕は、命令に従うしかなかった。
そのことは本人には言えない。
この人を巻き込むわけにはいかないから。
「僕と話さないほうがいいんじゃないの。じゃ」
「わたし、信じてるから。小股君は悪くないって、信じてる」
その時僕はハッとした。
もし僕が学校に来なくなったら、相良さんがまた犠牲者にされるかもしれない。
あいつらは常にいけにえを探しているから。
僕は学校に来なきゃいけない。
なにをされても。
どんなに辛くても。
相良さんの近くにいられる。
それだけを考えて、学校という名の地獄に通おう。
僕は卒業するまで、いじめを受け続けた。
相良さんは僕が知るかぎり、無事だったと思う。
僕たちの卒業と同時に、社会科教師は学校を去った。
たぶん、いづらくなったんだろう。
そして僕は、高校でも大学でも職場でも、昔の噂が回ったためにいじめられた。
ネット上には、僕の個人情報が飛び交っている。
そんな僕にも、いいことはあった。
相良さんは僕の友達になり、恋人になり、そして妻になってくれた。
周囲の反対を押し切って僕を選んでくれた彼女に、僕は心から感謝している。
僕には性機能障害があるから、子供好きの彼女に子供を産ませてあげることができない。
あの時あいつらに言われたとおりになっちまったわけだ。
それでも僕と一緒にいてくれる彼女は、僕にはもったいないほどの女性だ。
僕は彼女さえいてくれれば、それだけで十分だった。
ある日妻は、僕を古びたビルに連れていった。
薄汚れたオフィスに入ると、そこにいたのは元社会科教師だった。
「久しぶりだね小股君。そろそろ復讐を始めようか」
「復讐? いきなりなんの話ですか?」
「いじめ、性暴力……泣き寝入りしている被害者は星の数ほどいる。だが今の時代、復讐する方法はいくらでもあるからね」
「なに物騒なこと言ってるんですか。先生は平和主義者だったじゃないですか」
「安心してくれ。我々はあくまで合法的な方法で、加害者に罪と釣り合うだけの罰を与える」
「そんな危ないこと、やめてください。君も先生に協力しているの?」
「そうなの。わたしもうがまんできなくて」
僕は先生が始めた「復讐代行サービス」に協力することにした。
けれど僕が協力する理由は、先生の暴走を抑えるためだ。
僕は先生と違って、あいつらに復讐したいとは思わない。
なぜなら僕は、確信しているから。
あいつらより、僕のほうが幸せだと。
あいつらはずる賢いから、僕よりも金持ちだったり、出世していたりするかもしれない。
でもいくら成功したって、家族や友達と本当の意味で仲良くなければ、決して幸せとはいえないだろう。
だってあんなやつらが、人を愛したり、人から愛されたりするはずがないんだから。
妻が僕にくれる幸せなんて、やつらは死ぬまで得られないに決まってる。
人は、自分は幸せだと思えたやつの勝ちだ。
だから勝つのは、絶対に僕たちなんだ。
これが、僕なりの復讐さ。
ざまあみろ!
僕は女子のために裸になり、もっとひどいことをやらされた 生出合里主人 @idealisuto
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