第14話 二泊三日のアフロディーテ
どんな夜でも必ず朝はやってくる。あたしはそんな三流小説や三文芝居で使われそうな俗なフレーズを頭に浮かべながら朝を迎えた。歩くんは自分が放った禁断の寝言のことなど知る由もなく、「おはよう」と輝かしい笑顔をあたしに向ける。あたしは一睡もできなかったボロボロな顔をなんとか笑顔へと作り直して、「おはよう」と、まだ寝ぼけている歩くんを抱きしめるのであった。
少し遅めの朝ごはんを食べた後、皿洗いをしていると、あたしのスマホからメロディーが流れた。あたしは急いで手を拭き、画面を見ると、歩くんママからであった。
「おはよう。彩花ちゃん」
「おはようございます」
「歩、どうかしら?」
「ええ、まあ」
「あら、どうしたの。この前の威勢はどこへいったのかしら」
確かにそうだ。昨日の夜まであたしは歩くんとの関係を稲妻の如く劇的に変化させていった。様々な愛情表現によって、彼からの言質も取ることもできた。だが、あの一言で全てを失ってしまったような気分でいる。
「歩くんママ」
「何かしら?」
「もしかして、なんですけど」
あたしが言葉を慎重に選ぶべきなのに、どういう言い方をして良いか決めかねていた。なので、口から出てくるのは、結局、直接的な言葉になってしまった。
「もしかして、歩くんと歩くんママは――」
「ええ。そうよ。歩は私のものなの。なのに、あなたが歩を狙っていると知ったので、一度預けてみたのよ。どう? あの子、あなたのものにできたのかしら?」
歩くんママの余裕ある声にあたしは、「好きとは言ってくれましたけど……」となんとか返事をするが、二人の関係に踏み込んで所有権を主張するだけの熱量には達することはできていなかった。
「――そう。まあ、あなたなりに頑張ったんじゃないかしら」
歩くんママが歩くんに変わるように言うので、スマホをそのまま歩くんに渡した。受け取った歩くんは、目を輝かせながら会話をしている。それはもう母子を超えた関係を示唆するような――。
二人の会話が漏れてくる中、あたしはアレスと浮気をしたアフロディーテの話を思い出す。浮気中、夫のヘパイストスの策にはまり、情事の際にアレスと鎖で縛られてしまい、そのまま神々の前に晒され笑われた話だ。
この二泊三日において、あたしは歩くんに愛を与えるアフロディーテのつもりであったが、どうやら、浮気相手としての惨めな彼女の役を演じたにすぎないようだ。
「歩くん。ママが帰ってきたら、おっぱい、味わえるといいわね」
あたしは歩くんたちに聞こえぬよう小さく呟く。そして、浮気が見つかり情けなく微笑んでいたアフロディーテのように、顔をくしゃくしゃにして、乳を恋しがる赤ん坊のような表情の歩くんに、微笑んでみせるのであった。
(終)
二泊三日のアフロディーテ 犀川 よう @eowpihrfoiw
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