第4話:霧の魔術【装身術】
「もともと俺は剣術をやっていて、もっと強くなるための手段として魔術を始めようと思ったんです。もしも適正がなければ諦めるつもりだったんですが、幸いな事に適性があって」
「ふむ」
「それに魔術師として正式に認められるには大学に行かないと駄目ですよね?」
「そうじゃな、上級魔術より上は大学でしか教えることが出来んからのぅ、上級より上の魔術師を目指すなら必然的に大学に行くしか無い」
「うちは大学に行けるほど裕福ではないので……寧ろ霧の魔術で丁度良かったかもしれないです」
二人はまだ何か納得していない様子だったが、本人がそう言うならまあいいかということになった。
先生は俺の手を取るとブンブン振りながら言った。
「私に出来る事があれば何でも言ってね!」
「それじゃあ次の授業をお願いしても良いですか?」
「勿論!!」
ということで2回目の授業が始まった。変態爺はいつの間にか消えていた。
「第2回の講義として、今日はより実践に近い魔術を教えようと思うわ」
「どんな魔術ですか?」
「霧を身に纏って姿を隠す、
「他の属性だとどうなるんですか?」
「そうね、例えば風とか雷を纏うと目にもとまらぬ速さで移動できるようになったり、水を纏えば力が強くなったり、地を纏えば相当な耐久力を得ることができたりするわね」
「なるほど」
「これは魔術師が戦乱の時代を生き残るために生み出した防御のための術なんだけど、一つだけ難点があってね。慣れるまで凄く疲れるのよ。昨日やってみて分かったと思うんだけど、マナっていうのは言われたことを言われたとおりにしか出来ないの。つまり命令が正確じゃないと戦ってる最中とか狩りの途中で
「かなり難しそうですね」
「そうね、マナを身に纏うのはそんなに簡単じゃ無いわ。だけど基本的には
「はい」
メリンダ先生が目を閉じると先生の周りの空気が揺れた。それに続いて青い光が螺旋を描くように先生の体を包み込み、しばらくすると半透明の青い鎧が先生の体を包んでいた。
先生はそのまま巻藁の方に歩いて行くと、高さ2メートル弱で直径が一抱えほどもある巻藁を抱えてひょいと持ち上げた。それなりに重さのある巻藁を、まるで枯れ枝か何かを持つかのように運んでいる。そのままこっちに持ってくると思い切り女の子の殴り方で巻藁を殴った。
『ドムッ』というもの凄い濁った音と共に巻藁は2メートルほど中を飛んだ。
「これが
先生は
いやしかし実際のところ今のは凄い。普通に凄い。巻藁なら道場で何度も触ったことがあるけど師匠にだってあんな風に持ち上げることは出来ない、と思う。
「私は霧の
「はい」
「
俺は霧球を作るときと同じように両手を合わせて強く念じた。
(霧よ、守れ)
すると白い靄が両手の間からモクモクと噴き出し、螺旋を描いて体に巻き付き始めた。しかし先生の
先生の方を見るといつも通りニコニコ笑っている。どうやら順調なようだ。
「そうしたら次は、マナが鎧を作って自分を守る様子をしっかり想像して。想像したらそれを魔力で形作るのよ。そこまで出来れば後はマナがどうにかしてくれるわ」
「なるほど」
言われてみれば確かに想像力が足りていなかったかも知れない。白い霧が鎧を形作って全身を包む様子を想像しながら、再び掌から魔力を放つ。
すると体を包むように漂っていた霧が、勢いよく動き始めた。
見る見るうちに霧が鎧を形作っていく。少しすると全身を霧の鎧が覆っていた。
「次はそれで歩いてみようか」
先生に言われたとおり歩き出した瞬間、異変に気がついた。鎧がついてきていない。俺の体だけが前進し、鎧はさっきまで立っていた所に残っているのだ。
先生の方を見るとニコニコと面白そうに笑っている。
*
昨日の授業と同じように、次回までに
はっきり言おう。俺は人生でこんなに興奮したことはないというほどに興奮している。
緩む両頬を張って気を引き締める。
両手を合わせて集中し、霧が鎧となって全身を包む様子を想像する。
(霧よ、守れ)
そう強く念じながら魔力を放つと、両手の隙間から生み出された霧が勢いよく螺旋を描いて全身を包む。
少しすると全身が霧の鎧に包まれた。
「問題はここからだ」
慎重に一歩踏み出してみるも、やはり鎧はついてこない。
何がいけないんだろうか?
試しに腕も動かしてみるが、少しでも大きな動きをすると鎧を突き抜けてしまう。
その後も何十回と試してみると、一応ゆっくりなら歩くことは出来る様になった。
体をゆっくりと動かして、それに合わせて逐一鎧を操作するのだ。足を3センチ進めたら、それに合わせて鎧を動かす。そんな風にすればなんとか歩くことは出来た。
しかしこんな速さでは中庭を出るだけで日が暮れてしまう。なんせ亀と同じくらいの速さでしか歩けないのだ。
こんなレベルでは実践で使うことなど夢のまた夢だ。
メリンダ先生はもっとスムーズに歩けていたのだから、多分やり方が違うんだろう。なにか、何か見落としているんだ。
しかし痛む頭を振って立ち上がったものの何をどうすればいいのか、もうさっぱり分からない。
協会の中庭をぶらぶらと歩いていると、変態爺がやってきた。
「調子はどうじゃ、若いの?」
「全然だめです。何をどうすれば良いのかさっぱりで」
「ふぉっふぉっふぉ、
「…………はい」
受付の変態爺に見せたところで何も分かるはず無いだろうが、もしかすれば何かのきっかけにはなるかも知れない。俺は何度も繰り返した動作で霧の鎧を身に纏った。
体を動かすのに合わせて、微妙に魔力を調整して鎧をゆっくりと動かしていく。
あまりにもチマチマとした自分の動きに段々とイライラしてきた。
鎧の動きに合わせられずに腕が鎧を突き抜けた、また失敗だ。
「お前さんは自分の動きに合わせて鎧を動かそうとしとるんか?」
「はい」
「そら難しいに決まっとるわ。お前さん、鎧を着たことないのか?」
「……何回か、あります」
「その時の鎧はどうだった? お前さんが動かしてたのか?」
「……そりゃ当然」
「聞き方が悪かったな、鎧は、つまりお前さんが動かそうとしていたのは鎧だったか? それとも自分の体だったか?」
「自分の、体です」
「そうじゃ。鎧ってのは自分の動きに勝手についてくるはずじゃ。お前さんは今な、自分の体と、鎧、つまり二つの体を同時に動かそうとしてるんじゃ。そんな事したら普通は頭がねじ切れる。想像してみぃや、体を二つも、しかも同時になんて動かせる訳ないじゃろ?」
「……確かに」
「ちぃとばかしヒントをあげすぎたかもしれんが、まぁここまで言えば分かるじゃろう。がんばんなさい」
爺さんはそう言うと、いつものように「ふぉっふぉっふぉ」とかいうふざけた笑い声を残して居なくなった。
あの爺さんもしかしてただの変態じゃ無いのか?
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