第3話:霧の魔術【霧球】

 涼しい風で目を覚ますと、頭が痛かった。


「どこだここは……」


 ああ思い出してきた。魔法協会の中庭だ。

 昨日は日が暮れるまで霧の球を作り続けたが成果は変らず、頭痛と疲労感が強くなっても続けた結果、気を失ったんだろう。

 ただ霧球ミスト・スフィアを作り続けた事で分かってきたこともある。

 反復練習がかなり効果的だということだ。

 やればやるほど動きが効率化されていく感覚がある。実際、昨日の昼間から比べれば比較にならないほどの速さで霧球を作れるようになった。

 しかし魔術ってのは思っていた以上に面白い。多分昨日のは剣術で言うところの素振りみたいな物なんだろうけど、素振りの百倍面白い。いや万倍面白いといっても過言じゃない。


 立ち上がって服の埃を払うと息を吐いて集中する。

 両手を合わせてから徐々に隙間を広げ、そこに霧を発生させる。

 霧は段々と集まり球の形に近づいていく。

 少しすると綺麗な霧球ミスト・スフィアができた。

 その球が崩れないよう注意しながら次の球に取りかかる。

 しかし次に取りかかろうと新しい霧を作り出した瞬間、一つ目の霧球がフワッと消えた。集中していないとすぐに形が崩れてしまう。


「けど三つの対象に同時に意識を向けるなんて無理だもんなぁ」


 作るだけなら出来る。キープが出来ない。メリンダさんはどうやってあんなに沢山の球を作ったんだろうか?

 このままじゃ三つは疎か、二つすら厳しい。

 一晩寝たら出来る様になってたりしないかなぁなんて思ってたけど、どうやらそんな事は無いらしい。

 何も考えずにボンヤリと霧を作っていると、朝の涼しい風が中庭に吹き込んできた。霧は風に流されて緩やかな渦を巻いて消える。

 あ~、いっそ風の魔術とかに適性があれば風で渦とか作って球の形をキープできたのにな。


「……渦、渦か。ありだな」


 早速両手の間に霧を作り出す。霧が中心に向かって螺旋を描くように、強く念じて魔力を放出する。

 すると霧は渦を描いて両手の間に集まり、すぐに綺麗な球になった。恐る恐る二つ目を作り始めるが、一つ目の球は一向に消える気配がない。

 そのまま三つ目、四つ目と霧球を作ってみても一つ目は中心に向かって渦を描いたままで綺麗な球形をキープしていた。


「できた、できたぞ!!」


 霧の球は六つ目を作り始めたところで一つ目が消えてしまったが、昨日から考えれば飛躍的な進歩だ。興奮冷めやらぬままひたすら霧の球を作り続けた。

 霧に与える回転の強さや向きに関して、霧球を持続させるため思いつく限りの工夫を凝らした。

 面白い、面白いぞ!!!

 ただ狂ったように霧の球を生み出し続けた。

 日が天頂に昇る頃には凄まじい頭痛と倦怠感で立つことすら難しかったが、同時に八個まで霧の球を生み出すことが出来るようになっていた。

 このままくれば十個くらいいけそうな気がする。

 そう思って九個目に取りかかったところで、目の前が暗くなった。





 目を開けるとベッドの上だった。天上からはランタンがぶら下がっている。

 体を起こすと激しい痛みが脳を突き刺した。あまりの痛みにもだえていると、誰かが部屋に入ってきた。


「調子はどうじゃ?」

「あだまが、いだい」

「ふぉっふぉっふぉ」


 滲む視界で誰だか分からないが、少なくともメリンダ先生じゃない。そいつは笑いながら近づいてくると、俺の頭に手を置いた。そのまま何かモゴモゴと唱える。視界が緑に包まれ、それに続いて痛みが少しだけ引いていった。

 顔を上げると満面に笑みを浮かべた変態爺が立っている。


「いくら若くとも無理は禁物じゃよ」

「……メリンダさんが良かった」

「ふぉっふぉっふぉ」


 変態爺は笑いながら俺の頭をひっぱたくと、コップを置いて出て行った。かと思うとすぐに戻ってきた。


「そのコップの中身は薬草を煎じた回復薬じゃ。全部飲んでから出て行くんじゃぞ」


 そう言って今度こそ出て行った。

 コップの中には濁った緑色の液体が入っている。美味しそうではないけど、多分体には良いんだろう。息を止めて一息に流し込む。

 爽やかな香りの後から腐った魚が鬼の形相で追いかけてくるような、そんな味だった。しかし不味さに見合うだけの効果はあったようで、頭の痛みはかなりマシになった。


 コップを返しに受け付けに向かうと、丁度メリンダさんがいた。


「あ、メリンダ先生」

「おおレイ君じゃない。調子はどう?」

「はい! もう霧球ミスト・スフィア八個まで作れるようになりました」

「……はち、こ?」

「はい」

「え、っと、八個?」

「……はい」

「そう……それじゃあ、一回見せてもらうことって出来る?」

「それは、勿論」


 俺はそう言うとメリンダ先生と、何故か変態爺も伴って中庭へと向かった。


「それじゃあやって見せてくれる?」

「はい」


 息を吐いて集中してから両の掌を合わせる。段々とその隙間を広げながら、生み出した霧が螺旋を描いて集まるよう魔力を調節する。

 一つ目の霧球はすぐに出来た。

 集中力が切れないうちにすぐに二つ目に取りかかる。

 そんな調子で三つ、四つと霧球を作り出し、勢いそのままに八つ目まで作り終えた。


「出来ました」


 そう言って先生の方を向くと、信じられないと言った様子でこちらを見ている。ついでにいつも閉じている変態爺の目が開いていた。

 先生は俺と同じように霧球を作りながら話し始めた。


「どの系統の魔術を習うとしても最初はその属性のスフィアをいくつか作って安定させる事から始めるの。これは魔力を使ってマナを操る練習をするのに最も向いているから。ただ人によって安定させられるスフィアの数は違っていて、これはマナにどれだけ愛されているか、つまりどれだけの才能を持っているかの指標になるの」

「なるほど」

「つまり、もし上級の才能しかない人が八つ目を作ろうとしても、マナが言うことを聞かなくなってスフィアを保てなくなっちゃうの。こんな風にね」


 そう言って先生が八つ目のスフィアを作ると、目の前に浮かんでいたスフィアのうち幾つかが消えた。


「つまり君は特級以上の才能を持っている可能性が高いんだけど……」

「だけど?」

「特級魔術師といえば後の世に名を残すことも多い選ばれた人間じゃ。しかし、霧の魔術師で歴史に名を残すことが出来た人物は殆どおらん。例え名を残していたとしても霧以外の適性もあることが大半じゃ」


 メリンダ先生の言葉を引き継いだ変態爺はそう言うと少し悲しそうな目をして続けた。


「せめて水や風の適性があればのぅ……言っても仕方ないが霧の魔術にしか適性がないのが本当に悔やまれるのぅ」

「それなら大丈夫です。魔術師として大成するつもりはないので」

「「!!??!!?!?!??!?!?」」


 俺がそう言うとメリンダ先生と変態爺は目を白黒させていた。



――――――――――――――――――――



魔術師の才能『スフィアの数による分類』

 尋常級:2~3個

 中級:4~5個

 上級:6~7個

 特級:8個以上

 特英級:特級の中でも特に優れた魔術師

 

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