第2話:霧の魔術

「それでは第一回の講義を開始します。」


 講師であり水の上級魔術師のメリンダさんはそう言って授業を開始した。彼女は霧の魔術にも適性があるらしい。

 全然授業と関係ない話だが、メリンダさんはかなり美人だ。町を歩けば十人中八人が振り返るだろう。それくらい美人だ。そんな先生と一体一での授業なんて緊張してしまう。身が入らないから窓口の変態爺とかでも……いや、あれはやっぱり嫌だ。

 メリンダさんが動く度に豊かな栗毛が左右に揺れる。


「まず理解しておいて欲しいのは、私はここで魔術というのは何か、なんて話をするつもりはないってこと。そんなのは大学で小難しいことを考えてる暇人達に任せておけば良い。もしそういう話がしたいなら大学に行くと良いわ。そういう話が大好きで様子の可笑しい人達が沢山いるから」


 メリンダさんは顔を顰めてそう言うと話を続けた。


「私たちにとって重要なのは、魔術をどうやって使うか、どう使えば良いのかを学ぶこと。つまり、習うより慣れろってことね」

「はい先生!」

「良い返事ね。まあ突然やってみろなんて言っても出来るはず無いのは分かってるから、まずは多少の座学をするけどね」


 メリンダさん、いやメリンダ先生はそう言うと立ち上がった。


「まず魔術を使うためには魔力が必要になってくる。私たち魔術師は魔力を代償として払うことで、世界に満ちているマナに命令を下して望むままに動かすことが出来る。といっても出来ることには限界があるけどね」

「魔力を払って魔術を使うんですね。なるほど」

「マナに命令を下すにはいくつか方法があって、詠唱をしたり、強く念じたり、変わったのだと笛を拭いたりする人もいるわね。まあそこは人によって違うから自分に合った方法を見つけるといいわ。重要なのは魔力を支払ってマナを操るということ」

「なるほど」

「でここからが一番重要なんだけど、マナの操り方っていうのは言葉で言ったところで全く通じないところでもあるのよ」

「……なるほど」

「ということで早速外に行きましょう!」

「はい」


 魔法協会には受付の奥に講義のための教室や、会議室、魔術に使用する道具を保管する倉庫なんかの他に、広めの中庭がある。

 主には魔術の練習のために使用するためのスペースで、道場にも置いてあったような太い巻藁まきわらや甲冑、それから小さめの池なんかがあった。

 メリンダさんに連れられてその中庭に着くと、数人が魔術の訓練をしているところだった。メリンダさんはその一団から離れて池の側で止まった。訓練をしていた一団から敵意のこもった視線を感じたが、きっと気のせいだろう。


「それじゃあまずは見てて」


 メリンダさんはそう言うと俺の左腕を握って池に向かって手をかざした。左腕から何かが吸われている感覚がある。すると池の表面辺りにモヤモヤとした雲が出来てきて、段々と大きくなっていく。雲は胸あたりの高さでフワフワと漂い、しばらくすると両手で抱えきれないほどの大きさになった。少しするとその雲は池に雨を降らせ始めた。


「まあこんな感じね。私は水の魔術の方が得意だから雨雲を作ったけれど、あなたの霧の魔術なら霧が作れるはずよ。雲よ出来ろ~っていう気持ちを掌から外に伝える感じ。それじゃあやってみて!」


 メリンダさんはそう言うとニコニコして椅子に座った。

 どうやらかなりの感覚派らしい。

 しかし今のを見ていてなんとなく分かった。何が分かったのかと聞かれても難しいが、なんとなく何をすれば良いか分かった。


(き、霧よ~出来ろ~)


 やや恥ずかしい気持ちで池に向かって念じる。すると池の表面がユラユラと揺れ、うっすらと、本当にごく薄ーい霧のような何かが出来てきた。

 しかしその霧は中庭に吹き込んできたそよ風によっていとも簡単に消えてしまった。


「あ~おしい! 霧を安定させるためには魔力量が少し足りてないわね。もっと思い切り力を入れて良いわよ。最初は調節しようなんて考えないで全力で魔力を吐き出す感じ」

「なるほど」


 俺は右手に全神経を集中させて念じた。もの凄い勢いで掌から何かが出て行く感覚がある。すると今度もさっきと同じように水面がユラユラと揺れ、しかしさっきとは比べものにならない量の煙が、いや霧が発生した。

 ものの10秒もすると辺りは寸分先も見えないほどの濃霧に包まれていた。

 近くからメリンダさんの声が聞こえる。


「わ~お、すごくいいねレイ君。それじゃあ今度はこの霧を散らしてみようか。さっきと同じように霧よ晴れろ~って念じれば出来ると思うわ」

「はい先生」


 さっきと同じように右手をそこら辺に向け、念じる。

 するとサクッと霧は晴れた。

 霧が晴れるとニコニコのメリンダさんが座っていた。


「いいよ~、凄くいい。どうだった、始めて魔術を使った感想は?」

「なんというか、思ったより、普通だなと」

「?」

「俺の中の魔術って言うのは、もっと仰々しい呪文を唱えて杖やなんかを振り回すイメージがあったので」

「あ~、なるほどね! 確かに大規模な魔術とか、複雑な魔術とかっていうのは呪文や魔道具なんかが必要なときもあるけれど、簡単な魔術ならそんな物は必要ないことが多いわね。魔術っていうのは魔力をマナに支払って仕事をお願いするみたいな事だから、簡単な指示なら簡単に通じるのよ」

「なるほど」

「それじゃあ次は今作り出した霧を操ってみましょうか。お手本を見せるからやってみてね」


 メリンダさんはそう言うと目の前の池に手を向けた。すると「ドオンッ」という爆発が起きたような音と共に、信じられない勢いで霧が生まれていく。しかしその霧は辺りに広がることなく一カ所に集中し、そのままドンドン濃くなっていった。

 霧は次第に人の形に近づき、最終的には霧で出来た俺が池の上に浮かんでタップダンスを踊っていた。


「こんな感じね。初めからこんなに複雑な魔術を使うのは難しいだろうから、まずは霧を一カ所に止めることからやってみましょう」

「はい」


 さっきと同じ要領で池に手をかざして念じる。

(霧よ、出来ろ)

 するとモワモワと霧が立ち上り始める。


「その霧を一カ所に集めるの。集まれ~って念じてみて」


 霧に向かって両手を広げ、一カ所に集まるよう念じる。霧の球が出来るのをイメージして少しすると、辺りに漂っていた霧が俺の広げた両手の間に集まってきた。

 次第にその形は安定し、直径10センチ位の綺麗な球になった。


「いいね! そしたら次はそれをいくつか作ってジャグリングでもしてみようか」


 メリンダさんはそう言うと、いとも簡単そうに霧の球を5つ作り出してヒュンヒュン振り回しはじめた。本当に簡単そうにやるので勘違いしたが、信じられないほど難しい。二つ目の球を作ろうとすると一つ目が散ってしまうのだ。


「難しいわよね、けど安心して。私も初めから出来たわけじゃないから」

「はい」

「それじゃあ今日はこのぐらいにしておきましょう。一度にあまり沢山の魔力を使うと疲れるし頭も痛くなるからね」

「はい、ありがとうございました」

「次回までに霧球ミスト・スフィアが同時に3つ出来る様にしてくること。宿題よ」

「わかりました」

「どんなに早い人でも三日くらいはかかるから、あんまり焦らないで練習するといいわ。魔法協会の中庭ならいつでも開いてると思うから、好きに使って。といってもやり過ぎると気を失うこともあるからほどほどにね」


 メリンダさんはそう言うと中庭を出て行った。

 俺はさっきと同じように日が暮れるまで霧の球を作り続けた。

 

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