攻撃力皆無の霧の魔術しか使えない剣士、霧の魔術で分身やら姿眩ましやらしていたら最強の剣豪と呼ばれるように

ウォーカー

第1章:魔術との出会い

第1話:免許皆伝

「強くなったな」


 白い息を吐きながら師匠はそう言った。師匠は何か思い出すように遠い目をして、それから言った。


「コレでお前も免許皆伝だ。もう私から教えられることはない」

「……はい」

「早かったなぁ。この前までこんなに小さかったのに」

「師匠の教えが良かったんですよ」

「はははっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか? 褒めてももう何も出ないぞ?」

「そんなつもりじゃないですよ」

「これからどうするんだ?」

「まだ、決まってません。取り敢えず王都にでも行ってみようと思います」

「まぁお前もまだ若いからな、そう焦って決めることも無い。色々見て回るといい。世界は広いぞ、本当に驚くほど広い。まあ、あれだ、何かあれば手紙でもよこしなさい」

「はい」


 師匠は俺の目を見てニヤリと笑うと、バシバシと背中を叩いた。

 俺は一礼して道場を出た。


 道場の外には見渡す限りの麦畑が広がっている。町まで歩いて20分くらい。ボンヤリと家に向かって歩いていると、昔の記憶がよみがえる。


「もっと強くなりたい……」


 俺がまだ小さかった頃、町に盗賊団がやってきた。魔術師を従えたその盗賊団に、衛兵は為す術もなくやられ、自警団に所属していた俺の父さんは左腕と左目を失った。もしも賞金首狩りバウンティハンターの一団が町に泊まっていなければ父さんは勿論、母さんも生きては居なかっただろう。

 あの日から俺は家族を守れるくらい強くなりたいと思って、剣を習い始めた。 

 なんで剣なのかって?

 賞金狩りの中には魔術師なんていなかったからだ。

 全員が己の拳や剣で盗賊を滅多打ちにしていた。流れるような動きで相手の攻撃を避け、必殺の一撃でトドメを刺す。どんなに強い人間も、心臓を刺されれば死ぬ。

 幼いながらにそれだけは分かった。

 だから俺は剣を始めた。


 剣の修行は楽しかった。自分が強くなるのが実感できたし、他流の道場との試合はいつも興奮した。やればやるだけ、剣が体に馴染んだ。

 そうして修行を続けた結果、最近では師匠以外に負けた記憶が無い。

 しかし、それはあくまで相手も剣を使っていた場合。

 あの時の賞金狩りハンター達のように、魔術を簡単に避けて相手を倒せる自信が俺にはない。

 もし相手が魔術を使えたら、近づく前に吹き飛ばされて終わりだろう。

 相手が魔術を使えたら、俺はみんなを守れるだろうか?


 相手が魔術師だったら……

 相手が魔術を使えたら……


「……あ」


 俺も魔術使えばいいんだ。

 なんでこんな簡単な事に気がつかなかったんだろう。


 俺は走って町に戻ると魔法協会の戸を叩いた。




 魔法協会の中は閑散としていた。5つある窓口のうち2つには人が居らず、座っている受付嬢も暇そうだ。それなりに広いロビーを抜けて受付に向かう。


「すみません、魔術が使えるようになりたいんですが……」

「はい、魔法協会への入門のご希望ですね。過去にご自身の魔術適性を測定したことはございますか?」

「いえ、ないです」

「かしこまりました。それではまず、向こうの変態爺のところへお願いいたします」

「はい……え?」

「あ! 失礼いたしました! あちらの5番窓口の方にお願いいたします」


 受付のお姉さんはそう言うと頬を染めて苦笑いした。

 5番の窓口に行くと人の良さそうな顔をした爺さんがいた。

 爺さんは気持ちよさそうに船をこいでいる。


「すいません」

「ん~む、ん? おぉ、魔術適正の測定かね?」

「はい」

「いいじゃろう。よし、利き腕を出しなさい」

「はい」


 爺さんは俺の腕を掴むと、突然太い針をぶっ刺した。


「痛ってえええええ!!!!!!」

「ふぉっふぉっふぉ、もう少しの辛抱じゃ」


 爺さんはそう言うとすぐに針を引き抜いた。そして滴る血を指で掬い取り、いくつかの石版に順に擦りつけていく。

 何をしているのか知らないが、こっちは痛みでそれどころじゃ無い。

 しばらく腕の痛みに耐えていると、爺がニコニコしながら俺の傷口を握った。


「痛いか?」

「当たり前でしょう」

「ふぉっふぉっふぉ」


 爺は嬉しそうに笑うと、もごもごと何か呟いた。

 すると爺さんに捕まれているところから緑の蔦が伸び始め、ドクドクと流れ出ていた血が止まり、腕の痛みも和らいだ。

 爺が手を放すと蔦も消え、腕に開いていた傷も消えていた。

 魔術なのだろうか? まあ多分そうだろう。

 爺さんは石版を確認してウンウン言いながらこちらを向いた。


「え~、君の魔術適正じゃがな、霧の魔術に適性がある」


 詳しく聞いたところによると魔術の適性は大まかに十に分類され、

 それとは別に魔術師は使える魔術の難易度に応じて五段階に分類されるらしい。

 下から順に

 尋常級魔術師、中級魔術師、上級魔術師、特級魔術師、特英級魔術師だ。

 魔術師のうち7割近くの人が尋常級魔術師に分類され、中級から上に分類されるような魔術師はかなり珍しいそうだ。上級になると全体の1割もおらず、特級、特英級に関しては年に何人かしかいないらしい。

 因みに尋常級は以前まで下級と呼ばれていたらしいのだが、大半の人が属するところを【下】とするのは選民思想を生み出すのでは無いかとの理由で、ごくありふれている事を意味する【尋常】と変更されたらしい。


「まあ霧の魔術では魔術師として大成するのは難しいじゃろうが、少なくとも魔術の適正はあるのう……」

「なるほど」

「まあ魔術というのは誰にでも出来るもんでもないからのう、一度くらいやってみるのはいいかもしれん……うむ。まぁ、学ぶつもりがあるのならコレを持って向こうの受付に行きなさい」

「……はい」


 なんだか歯切れの悪い言葉と共にそう言って渡されたのは一枚の木札だった。

 しかし才能があるのなら当然やるに決まっている。俺は強くなりたいのだから。

 さっきの受付嬢のところに戻り木札を渡す。


「霧の魔術に適正があったんですか! 私も霧の魔術師なんです!!」

「霧の魔術って強いんですか?」

「え~っと」


 何故だろう、目が合わない。しかし、しばらくすると受付嬢は観念したように答えた。今ここで隠してもどうせいつかはバレると思ったのだろう。


「霧の魔術は、風の魔術と水の魔術の中間に位置する魔術で、操れる水の量や威力なんかのせいで、水の魔術の下位互換なんて言われています。ただ、霧の魔術……私は好きですよ!」

「つまりそんなに強くないってことですか?」

「まぁ……言葉を選ばずに言えば、そうなります。ハッキリ言って霧の魔術を使って魔物を倒したりなんて言うのは殆ど不可能です。私がこんな仕事をしてるのも、……それが理由で……」

「なるほど……」

「けど勘違いしないで下さい!! 魔術は威力だけが全てじゃ無いです! そりゃ確かに強いに超したことは無いですけど、霧の魔術にしか出来ないことだって沢山有ります!!」

「なるほど?」

「最近の魔術師は魔術の破壊力ばかり気にして霧の魔術を馬鹿にしますが、霧の魔術だって凄いんです!!!!! 魔術で生み出した霧に紛れれば相手に悟られずに近づけますし、味方を隠すことも分身を作ることも出来ます。それに大昔の霧の魔術師は、濃霧で魔術を防ぐことも出来たそうです!」


 なんだそれ、

 最強じゃないか。

 まるで天啓の稲妻に撃たれたようだった。

 免許皆伝の剣術を持つ俺がもっと強くなるために必要なのは、これだったんだ。

 正に求めていた物だ。

 霧があれば相手の射程なんて関係ない。

 霧があれば近づける。


「近づけば、俺は負けない」


 後に世界最強の一人に数えられる魔法剣士が生まれた瞬間だった。

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