神盟帳
地震がおさまり、何とか全員が学園内の避難ホールに避難し終えた。
「清き風の精霊よ。我を空へと翔ばせ給え。」
唱えた途端僕の魔力が明るい緑色に光り、体が地面から浮いた。僕の"式神"の一人である"風の精霊"の魔法を使用したのだ。ちなみに僕の式神は精霊全種だ。僕はみんなが避難している中、周りに気づかれぬよう避難ホールから離れ、アイツを探しに行った。アイツというのはほかでもない。あの地震のときに第1大ホールから逃げるように出ていった黒フードパーカー男のことだ。他の人は地震に対しての恐怖と焦りで気づいていなかったが、あの男からは暗黒の魔力――呪力――が漏れ出ていた。それも常人とは思えないほどに。なにか悪い予感がする。あのとき、精霊や魔力がざわめいていたのは確かだった。僕も精霊もあのたった一人の男に恐怖していた。
僕は校舎内を魔法で飛びまわっていた。すると、図書室から何やら強力な魔力を感じた。それは呪力ではなかった。呪力を漆黒の色だとすると僕が感じた魔力は純白眩しいほどに明るい魔力だった。精霊の魔力とは違う。精霊よりも上な魔力だ。精霊よりも上、それは何だ……?
僕の頭に一つの考えが浮かんだが、流石に違うだろうと思った。
仮に神がいるとしても、学校で神の魔力が感じられるはずがない。
この前、国立魔法図書館で魔法神話学現代文訳書の本を読んだわけなのだが、それには、
『神ハ天ヨリモ高ク、地ヨリモ深キ神聖ナル神殿ニ住マワレル。神ガ我ラノ所ニ降リラレルノハ、魔王ガ生マレタ時ノミデアル。』
とはじめに書かれていた。
(天よりも高く地よりも深い……そんなものはどこにもあるはずがない。神なんかいるはずがない。)
これまでそう思ってはいたが、本当は神とかいうものは実在しているのかもしれないと本気で思ってしまうほど、眼の前の図書室から漏れ出る純白魔力は強力で神聖なものだった。
魔力の根源を探るため、図書室の扉を開けると先程までの魔力量とは比べ物にならないくらいの量の魔力を図書室の奥から感じた。
そこには、一人のヒトのようなものがいた。純白の魔力をまとい、純白の冠をかぶった一人のヒトのようなものが。魔力の根源はソレと、ソレの前においてあった古そうな書物のようなものにあった。本来なら不審者だと警戒するところだろう。しかし、そのヒトのようなものからは膨大な神聖さと純白の魔力を感じた。そして、僕は古い書物を見たときに思った、魔力が暴走している、と。はっきりと分かるなにかがあるわけではない。しかし、ヒトのようなものが何かしら暴走魔法を使っているわけではなく、ただただ書物の魔力が暴走して抑えられなくなっているだけだと、僕は直感したのだ。
―――助けなきゃ
その言葉を発した瞬間、初めての感覚に囚われた。しかしそれは決して怯えるようなものではなく、心地の良いものだった。――共鳴している――僕は確信した。
僕の魔力が純白の魔力を纏う。なんだろう。すごく温かい、落ち着く気持ちになった。親に優しく抱いてもらっているような、守ってもらっているような、心地の良い感覚となった。僕とヒトのようなものの目があった。大丈夫だ。目で語りかけてくるようだった。僕は書物の方に目を向け、落ち着いて状況を見た。純白の魔力の中に隠れようとしているように僅かではあるが強力な漆黒の魔力も存在していた。
――書物の中で何かが暴れている。霊のような何かが。段々と力が強まっていく。このままでは、被害が出る……!
そう思った頃にはもう口が先に動いていた。
「我は光を操る賢者なり。天より高く、地よりも深く、神聖なるその力よ。今我に従い給え。その怒りを沈め給え。」
初めて唱える呪文だった。しかし、まるで昔から知っていたかのように不思議と懐かしさの湧く呪文であった。僕が唱えた瞬間、自らの魔力に純白の力が交わってくるのがわかった。
そして、僕はその書物に手を伸ばした。
その瞬間、僕の魔力が純白の魔力とが混じり合い、純白の魔力は純白からさらに純白に輝きを増し、書物の魔力もそれに共鳴するかのように純白に光り輝いた。
そして、書物の魔力が暴れなくなった頃、僕は気を失った。
目を覚ました。白い天井が見える。ここは……? 僕は体を起こした。すると、ベッドの横の椅子に誰かが座っていて、僕が起きたことに気づいたようだ。
その人は立ち上がり、僕の側まできた。
僕はその人影の方を見た。そして、驚いた。だって、その人とは、いや、そんなはずはない。きっと同じクラスメイトの村木 守くんだ。クラスの学級委員長で真面目で成績も優秀で優しくて。……でも、違う。気配が、明らかに。何より……彼は、魔力を一切持たない不魔力人種ではないか……!
そして、先に口を開いたのはその"ヒト"だった。
「初めまして。私は光の神です。」
僕は驚きのあまり声も出なかった。そして僕は思った。
――ああ、やっぱりか。と。
僕は確信したのだ。この目の前にいるのは"ヒト"、いや、"人"ではない……!
――神だ。実在していたのだ。
これまであまり信じていなかったし、期待もしていなかったが、神というものが本当に実在しているということが今、僕の目の前で証明されている。
「魔法という超科学的なものがあり、精霊、式神という超科学的な存在がいる中で、髪がいないと思いましたか?もちろん、神は存在していますよ。今、ここに。」
神は言葉を続けた。
「今はそのようなことはどうでも良いのです。それより、今、私が話したいことは先程のことです。」
「……先程のこと?あの本のことですか?」
先程のことというのはつまり、ついさっきまで、中で魔力が暴走していた、あの古びた書物のことだろうと思った。
「確かにそのことも話さなければなりませんね。この書物は、"神盟帳"という、神々の印が押されたものです。神盟帳には押されている神を呼び出す、力を借りることができるという能力が施されています。」
えっと、簡単に言えば、神様を自分の好きなようにできるってことかな?そんなことを思っている僕をよそに光の神は話を続けた。
「そして、先ほどのは今よりもずっと前に封印されていた魔王が復活してしまったことで、白と黒の魔力のバランスが崩れてしまったことによるものです。」
しばらく間を開けて神は続けた。
「ですが、さきほどあなたが放った魔法。あれのお陰で神盟帳は再び魔力が安定しました。感謝をしなければいけませんね。守さん、本当にありがとうございました。」
「え?僕は何もしていませんよ。………というより、勝手に僕が聞いたこともない呪文を口にしていた、そんな感じです。とても信じられない話ですよね、忘れてください。」
自然と自分の声が細く寂しいものになっているのがわかった。
すると、しばらく間を開けて光の神様は口を開いた。
「いえ、信じないわけには行きません。あなたが言ったその呪文は、私の固有呪文『光鎮め』です。余分に増え過ぎ、暴走してしまった光の力……神聖魔力を抑えて沈め込み、暴走を止めるという魔法です。」
固有魔法というのは、その人や生き物、物質にしか使うことのできない魔法の類だ。
――いや、厳密に言えばそれらとの契約者、契約者の子孫も含まれる。
「あなたが私の固有魔法を使えた理由、そしてあなたが有魔力人種として目覚めたとき、魔力量が通常ではなく、メテオライターとして目覚めてしまった理由……私には、一つだけ心当たり、いえ、確信していることがあります。
――あなたにとって、とても荷が重い話になってしまうかもしれませんが……………聞きますか?」
光の神様は、重い声で言った。表情や雰囲気もより一層、真剣なものになった。
正直言うと、ここから先を聞くのが怖い。神が言うのだから、それなりに重い話なのであろう。しかし、好奇心のほうが遥かに勝っていた!
「聞きます。……聞かせてください!」
神盟帳 sun-333333 @sun-333333
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