私の騎士

@kanata01

第1話

「シオン、本当に良いのか?」


兄が私の顔を気遣わしげに見てくる。いつも自信に満ち溢れている国王様の姿とは思えなかった。


「最初から決まったことでしょう。覚悟はしておりました」


そんな兄に私は心配をかけないように気丈に言葉を返した。


「ただ、ひとつだけ私のお願いを聞いてくださいな」




「姫様」


兄の執務室から出ると一人の見目麗しい青年が駆け寄ってきた。


「セルジオ」


彼の名前はセルジオ・フルバ。次期騎士団長と目されていた騎士だ。彼を見るだけで私は顔が綻んでしまう。

若い貴族の女性が皆熱をあげるほど美しい人で例に漏れず私も彼を一目見て好きになった。そして私の我が儘で彼を護衛に指名したのだ。



「セルジオ、私城下に行きたいの。連れていってくださる?」

「勿論です。姫様」


こういっていつも私のわがままに彼を巻き込んでも顔色ひとつ変えずに付き合ってくれる。




お忍びで城下に行くためドレスではなく町娘の格好に着替え護衛の彼にも一般的な町民の格好をして貰った。普段なら侍女や他の護衛を連れていくが今日だけは二人きりだった。


客寄せの商人のよく通る声が響き、子供連れの女性が今日の献立の話をしていたり街は活気に満ちている。

前を行く私の一歩後ろ彼は歩く。いつもの定位置だ。

彼は私と並んで歩くことはない。それが寂しかった。


「セルジオ、今日は私の後ろではなく隣を歩きなさい。これは命令です」

「承知いたしました。姫様」


私の命令に従い横を歩き始めた彼に私は満足した。

彼にバレない様にソッと横顔を見つめる。


「どうされました」


こちらの様子に気付いた彼が微笑みかけてきた。

彼に赤くなった顔を見られないようにしながら目に写った屋台を指差す。


「あれが食べたいわ。買ってきてくださいな」

指差した先は串焼きが売ってあった。しまった食い意地がはっていると思われてしまったかもしれない。そう思って彼を見るが彼は気にした様子もなく私の我が儘を聞いてくれた。


「熱いので気を付けてくださいね。あちらの広場に座れる場所があるので移動しましょう」


私に串焼きを手渡すとベンチの方までエスコートしてくれる。私のスカートが汚れないようにハンカチを引き座らせてくれた。彼の紳士的な姿に思わずキュンっとしてしまう。


串焼きを食べ終わると何やら広場が騒がしくなってきた。街の人々の話を聞いてみるとどうやら近衛騎士団が近くを通るらしい。近衛騎士団は皇帝直属の騎士団で国民からの人気の高い騎士団だ。隣に座る彼が最初に希望していた団でもある。



「姫様、少し移動しましょうか」

「ええ」


近衛騎士団の話を聞いて彼の顔色が少し変わったのに私は気付かないふりをした。



それから彼と一緒に街を回った。最近人気の洋服屋に入ったりいつもは宮殿にくる馴染みの宝石商の店にも行った。


普段は店での買い物などしない私にとって全てが新鮮だった。大勢の人が着れるように作られた洋服や小ぶりな宝石とガラスを組み合わせて装飾したブローチなど職人の工夫が垣間見れて面白かった。




彼との夢のような時間はあっという間に過ぎた。東の空が暗くなり始めてくる。もう帰らなければならない。



帰り道を歩く二人の影が夕日に照らされ延びていく。


私の暮らす離宮の門がもうすぐそこに見えている。終わりたくない。この時間がずっと続けば良いのに。まだ彼と一緒に居たかった。


けれど、最後にこれだけは伝えなくてはならない。


私は歩みを止めその場に立ち止まった。

少し進んでそれに気付いた彼がこちらを振り替える。


「どうかなさいましたか姫様」


こちらを案じる表情も絵になる男だった。私の好きな表情のひとつだ。

私はその顔を焼き付けるように見つめると彼の名を呼んだ。


「セルジオ」

「何でしょう」


間を置かず彼はそれに答える。私は声が震えないようにその言葉を紡いだ。


「セルジオ、貴方を私の護衛騎士から解任します」


彼は大きな目を瞬き沈黙した。私の言った言葉がうまく呑み込めない様子だった。しばらく呆然としていると思ったら確かめるようにもう一度聞いてくる。


「申し訳ありません。もう一度仰っていただけますか?」


彼の珍しい表情を見れたとこんな状況ながら嬉しく思った。そして、先程と同じ言葉を繰り返す。


「貴方を護衛から解任すると申したのです」


私の言葉が嘘や聞き間違いではないとわかった彼は血相を変えてこちらに尋ねた。騎士として弁えた行動を常に心がけている彼らしからぬ行動だった。


「何故ですか、なにか私に不手際がございましたか」


彼の言葉に私は首を降りそれを否定した。


「いいえ、貴方のせいではありません。これは私の問題です」


本当に彼に非はひとつもないのだ。これは私とこの国の問題なだけで、


「貴方は近衛騎士団の所属になります。明日からは其方に行きなさい。この事は兄上にも了承を得ています」


兄のことを出され彼はなにも言えなくなったようだ。国王である兄上の決定を一騎士である彼が拒めるはずがない。


「話しは以上です」


そう言うと私は彼を置いて離宮へと向かって行った。

背後から彼に呼ばれた気がしたが振り返ることはしなかった。



離宮の門を潜るともう立ってはいられなかった。はしたなくもその場に座り込み蹲ってしまう。涙が溢れてきて頬を濡らした。彼の前で泣かないように気を張っていた分もう押さえることは難しかった。見ていられないほどみっともないだろうに今日だけは見て見ぬふりをしてくれている屋敷のものたちが有り難かった。





私が生まれたときから決まっていたことだった。

私がこの国にいられるのは十五まで、十六になったら他国に嫁がなければならない。

それまではやりたいことをしようと決めていた。

だから兄に使えるために騎士になった彼を私は恨まれるのを覚悟で護衛に指名したのだ。


来月には顔も知らぬ相手に嫁ぐ為他国に行かなければならない。もうこの国には帰ってくることは出来ないだろう。私がこの国からいなくなるのならせめて彼の願いを叶えてあげたかった。




私にとって最初で最後の恋をした相手なのだから。

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