真冬のサーファー

夏香

真冬のサーファー

 12月の冷たい潮風が萌音もねの頬を叩いていた。

空は、今にも雨が落ちてくるようにどんよりとした鉛色に曇っていた。

 萌音もねは、小さな焚火のすぐ横で膝を抱えるようにして、小さくうずくまっている。こごえる両手を顔に当ててハ~っと息を吐き出すと、吐いた息は白くなった。焚火の燃えるバチバチという音だけが、萌音の凍った心を温めているようだった。

 

まったく、サーファーなんて、大っキライ……


 萌音は、波に揺られながらこっちに向かって手を振っているアキラを見ながら、心の中でそう思った。

 アキラと出会ったのは二年前の熱い夏の日ことだった。大学二年の萌音は、友人の紹介で湘南の海の家でアルバイトをしていた。そこへふらっとやって来た四、五人のどこかの大学生。その男の子の中に、よく日に焼けた茶髪のアキラがいた。

「大学生? バイト?」

 男の子の一人が萌音にいた。萌音は、そうだヨ、と答えた。

「何にする?」と萌音。

「俺、焼きそば」

「俺はカレー」

「俺もカレー」

「俺も焼きそば」

 萌音は、焼きそば2、カレー2とメモを取る。

「あんたは?」

 一人がなかなか決まらなそうに壁のメニューをながめている。

「俺、ビーフシチュー」

 彼が言った。

「無いよ、そんなの」

「スパゲティは?」

「無いって」

「チーズバーガー」

「無理」

「じゃあ、キミがいいな」

「はぁ~?」

 萌音はナンパかと思い、カレー3と書いてテーブルを離れた。後ろを振り返ると、言った男の子が、他の男の子にからかわれていた。

 それからその男の子は、たびたび海の家へやって来るようになり、二週間後は同じ海の家でアルバイトするようになってしまった。海でも遊べるし、バイト代にもなる。一石二鳥。これが萌音とアキラとの出会いだった。

 萌音は、白い溜息ためいきを吐きながら、アキラとの二年間を思い出していた。レンタカーでドライブ、夏の終わりの花火、ファーストフードの店で肩を並べてハンバーガーをかじった。そしてアパートで一緒に暮らし、初めての朝も迎えた。

 ある冬の朝、布団の中でアキラが何気に言った。大学を卒業したら、地元に帰って家の手伝いをすると。

「アキラの地元って、どこだっけ?」

 布団の中で萌音が欠伸あくびをしながら訊いた。するとアキラは、群馬県の温泉街の名前を言った。

「群馬県? サーフィンできないじゃん」

 萌音は呆れていた。サーフィン狂いのアキラが群馬県。笑っちゃう。

 そしてアキラは、自分は小さな温泉旅館の後を継がなければならないと言った。

 萌音は、ふ~んと素っ気ない返事をしながら、アキラに背中を向けるようにして寝返りを打った。そして言った。

「それじゃ、もう、お別れか」

アキラも無言で同じように寝返りを打ち、萌音に背中を向けた。

「なんか……淋しくなっちゃう、ね」

 萌音は、やっとのことでポツリとひと言だけ吐き出した。


 大学の卒業も近いある日曜日、アキラが最後の波乗りだと言って 二人は出会った海岸へやって来た。真冬なので海の家は閉まっている。

 アキラは朝から無口。何も言わずサーフボードを抱え、冷たい真冬の海へ入っていった。いつものように萌音は砂浜で焚火の子守り。

 アキラの波乗りしている姿を見るのもこれが最後かと思うと、萌音も自然と無口になった。

 アキラが寒さに震えながら浜に返ってきた。

「寒かったでしょ、はい、タオル」

 萌音がアキラに渇いたタオルを渡した。アキラは、渡されたタオルでゴシゴシと頭を拭いている。

 アキラが、卒業したらどうするんだと、萌音に訊いてきた。

「アタシ? まだわかんないよ。どっか適当な会社に就職すると思う」

 萌音が、膝を抱え、膝小僧にアゴを乗せて言う。

 するとアキラは、タオルで頭を拭きながら、下を向いたまま言った。

「俺、親に電話したんだ。帰る時、いっしょに女将おかみさん候補を連れてくかもしれないって」

女将おかみさん!?」

 萌音は、一瞬、意味が分からなかった。

 アキラは無言で萌音を見つめていた。萌音も真顔で見つめた。

「女将さんて、なに? どういうことよっ!」

 萌音の言葉を最後まで聞かずに、アキラはまた海に向かって走り出した。萌音は、サーフボードを抱えたアキラの背中に、思い切り叫んだ。

「真冬のサーファーなんて、大、大、大っキラ~イッ!!」

 萌音はそう言いながら、右手を高く上げ、笑顔でOKサインを出していた。



   THE END

 

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真冬のサーファー 夏香 @toto7376

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